第4話 グッバイ宣言☆

 俺は憐れみの雨と戦っている。


 彼よりも早く大人になって──

 足を組む。楽な姿勢で虚を眺める。そこには何もないが、意識には優秀な従兄弟の姿が見える。

 まるで水の中でもがき足掻いているようだ。

 必死に抗っているけど表にはそれを出さないように気をつけている。──余裕がないのに余裕っぶっているフリをしている自分がいる。

 そこに執事であるナルミがやってきた。

 執事らしさ。それが詳しくは分からないが、勝手にイメージした執事像が頭の中を巡っていく。

 イメージする執事像と目の前の執事とのギャップに思わず嫌味な言葉を垂らしてしまった。

「思いの他、遅かったな。……執事としては……な」

 嫌味を言おうとして言った訳では無い。ただ、何も考えずに出てしまった言葉だ。しかし、その言葉一つにナルミは過大に反応していた。

 突然、横から衝撃が加わる。柔らかな感触だが、威力がある。

 俺の前にクッションが落ちた。

 流石に苛立ちが込み上げてくる。

「ふざけんなよ。執事の分際が俺に物を投げるなんて言語道断だ」

 俺は怒る。しかし、ナルミもまた怒る。

「そっちがふざけないで。何、偉そうな態度取って。執事だから私は下手に出なきゃいけないの? あんたなんか、人間として言語道断よ」

 怒りの炎に向かって放たれる炎が、さらに炎を増加される。

「……執事失格だな」

「あんたこそ、天使失格よ」

「調子に乗んなよ」

 そよ風が吹いた。炎を顕にしてあるがままに振る舞うのはやはり天使──大人としては如何なものか。我に返ろうと試みるがやはり炎を鎮火することはできない。

「外に出る。夜に歓迎会がある。送れずに来いよ。それまでは勝手にしてろ。じゃあな」

「こちらこそ。じゃあね」

 俺は廊下にでて扉を閉じた。ガチャン、と閉まる音が虚しく響いた。

 俺は完璧になりたい。

 この学園では付き人が必ずつく。その付き人も含めて完璧と見なされる。このまま俺と付き人の仲が悪ければ、その分だけ他人からは悪い評価を下される。

 こんな所で手をこまねく訳にはいかないのに。

 それでもどうしようもできなかった。

 苛立つ心を抑えながら、屋上へと向かっていった。


 優しく揺れる。

 ふわりとした風が吹いていく。怒りの炎も風に消されていく。

 風の音以外は何も聞こえない。

 何も無い。

 何も無い所で怒りを爆発させる気にはならない。

 ゆっくりと風を感じていく。

「おい、てめぇ新入りだな。そこ退けや。ホシノ様のお出ましだ」

 そこに人間がやってきた。

 彼が高い身長のせいか見下されている感じがする。しかし、奥底から放たれる殺気がプライドに触ることを許していなかった。少しでも油断をすれば恐縮してしまいそうだ。

「リンクウ。退かせる必要はないよ」

「何故?」

「彼は僕の親族だから特別なんだ」

 その後ろから現れた一人の天使。

 彼は三歳みっつ上の従兄弟だ。彼のことは尊敬しているが、敵対もしている。

 天才──

 ずっと完璧人間と言われてきた天才児。そして、それと比べられる俺は常に劣等感を植え付けられていた。

「俺は完璧になって、お前を絶対に越してやる」

「おいおい、年上に向かってその口はねぇだろぉ? あ?」

「いや、いい。彼は……特別待遇だよ」

 穏やかな風も今は感じない。

 俺はこの場を後にすることにした。余裕もない俺は何も考える余裕なく、ただ彼らの横を素通りした。

 そこで「そうだ」と話しかけてきた。俺は足を止めて背後から聞こえる言葉に耳を傾けた。

「付き人はどうしたの? 付き人もなしに出歩くなんて、完璧とは程遠いと思うよ」

 グサリと針が刺さる。

 けど、どうすればいいのか。いや、俺にはどうしようもできない。

 もう立ち退こう。

 再び足を前へと出しかけた。

「あっ、そうそう。一つ言っとこうと思ってたんだ。……僕は完璧じゃない。ただのオールマイティだよ」

 その言葉が何を意味するのか、俺は理解できなかった。

 そのまま屋上を後にした。

 部屋にも屋上にも戻れない。俺はただ、だだっ広い屋敷の中をさまよった。

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