第3話 ないない★

 施設とは比べ物にならない程壮大な屋敷。

 目に映る園芸が心を和ませる。噴水から零れ落ちる水が緩やかに流れる。巨大な壁に囲まれた中に広がる広大な敷地。目に映る全てが新鮮だった。

 ルシファーという天使様に連れられる私達。

 選ばれた私達は衒う床をゆっくりと踏みしめた。


 全ては天使様のお陰──

 私は天使様に全てを捧げる──


 天使様はこの世界における最上位の存在。その下に人間が位置し、さらに下に悪魔や悪魔に与する人間が位置するカーストがある。

 人間が天使様に顔合わすことなど失礼甚だしいこと。勿論、天使様に仕えるなど失礼極まりない。ただし、人間の中でも「サクリ」と呼ばれる人々は特別に天使様に顔合わすことも仕えることも認められている。

 私達は特別な存在──

 私はこの学園で、執事として、仲間は侍女や使用人、もしくは──として各一人の天使様に仕える。その天使様はまだまだ子ども。その天使様を大人になるためのサポートをする。

 今日から仕える天使様との二人シェア暮らし。

 私はてっきり女の天使様に仕えるものだと思っていた。


 部屋に案内された。

 少し重めの扉をゆっくりと押していく。

「失礼します。今日から執事としてお世話になります、ナルミです。よろしくお願いします」そんな他愛ない言葉で入室した。

 すぐに奥の部屋から一人の天使様が現れた。

 現れたのは紛れもなく男子だった。

 どこか強そうで落ち着いていて年上のように見える。

 未来をイメージした変な想像が入り込み、思考が停止していく。

 すぐに心の中で本音を漏らした。

 天使様に聞かれてはいけない。


 ない。

 ないない。

 有り得ない。男子と同じ部屋で暮らすなんて有り得ない。


 気を抜けば思わず拒否してしまいそうだ。

 心の中の羞恥心が両手を前に置かせるが、植え付けられた天使様への信仰が何とか意識を保たせた。


 ゆっくりと歩を進める。

 近づくと少し高圧的なオーラに気押されそうになった。

「執事と聞いてたから……まさか女とは思わなかった。まあ、いいや。俺はアサヒ。ひとまず俺はこの部屋使うからお前はあの部屋使え。荷降ろしできたらリビングに集合。これからのことを話し合おう」

 彼の言葉はどこか冷たく淡々としている。

 隙も何もない彼に、私は何も言うことはできなかった。


 急いで荷物を部屋に下ろした。

 少し赤っけのある可愛らしい部屋に変わっていく。

 部屋替えはまだ半分残る。しかし、それ相応の時間が経っている気がした。そこで一旦キリをつけて部屋を出た。

 ソファーに頬杖を付いて足を組んでいる。

 鋭い眼光が私に向かった気がした。


「思いの他、遅かったな。……執事としては……な」


 思わず涙が現れそうになった。

 執事としての素質がないのは分かっている。

 私よりも断然に執事に向いている同期を知っている。けれども、彼は──。

 ダメだ。涙を流しては。執事に、付き人にすらなれなかった彼の分まで頑張らなきゃ。

 私は腕を強く握り痛みつけ涙を無理やり止めた。

 哀の気持ちが引いていく代わりに怒の気持ちが現れていく。勿論、その気持ちは心の中にしまっている。


 ないないない。

 こんなの有り得ない。

 ないない。

 こんな冷たい男と一緒に暮らしていくなんて、仕えていくなんて有り得ない。


 衝動に駆られ私は、言葉の刃に手をかけた。凄まじい抵抗などはもう感じない。ただ、私は──

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