宿題

@zakichi

第1話

 少年は暗い居間の炬燵で白い画用紙を広げ、宿題の絵を描こうとしている。彼は一人だ。まだ母さんと姉さんは帰ってこない。冬の早い夕暮れが彼を憂鬱にさせた。

 宿題に出された絵のテーマは「行ってみたい夢の国」である。けれど彼には行ってみたい夢の国なんて想像ができない。

 生きたい場所なら、田舎のおばあちゃんち、とか、東京とか、何なら近所のスーパー銭湯とか、何個でも思いつける。だけど夢の国と言われと困ってしまう。そんなものある訳ないし、ないものには行ける訳がない。薄暗闇に浮かぶ真っ白な紙は彼を悲しくさせる。電気をつけた。

 彼は白紙とにらめっこをする。けれどもう、ほとんどやる気はない。

 居間の掛け時計がチロチロリーンと時間をお知らせしてくれる。7時だ。お腹がすいた。カレーを作ってくれているからレンジで温めればすぐに食べられるのだが、彼は動かない。お腹が空いたな、彼は呟く。誰も答えてはくれない。炬燵に足を突っ込んで、暖房も入れているのに何故かス―スーする。

 カーテンが開けられたままの窓に、夜の闇が映る。

 シーンとした部屋はヨソヨソしく、仕方なく彼は白紙に目を戻すと鉛筆を不器用にまわしながら考える。夢の国、夢の国…、そう言えば今日見た夢はなんだったかな、少年ギャングになった夢だ、怖かった。そういや、犬が笑う夢も見たような…、だめだ、宿題に仕えない。母さんたちに聞いてみよう、何かいい夢ないかなって…。

 早く帰ってこないかな。8時過ぎには帰ってくるって言っていたけれど、まだまだだ。そこまで待つくらいなら、自分で適当に描いてしまったほうが早いだろうけど…、早く帰ってこないかな。

 彼はいつしか鉛筆もおいてぼんやり考え続ける。お腹が空いた、どうしよう、もう一人でカレーを食べようかな…。ああそうだ、食べ物の国なんてどうだろう。ご飯の陸地にカレーの海。アイスの山にチョコレートの家。

 アンデルセンのお菓子の家ではヘンデルとグレーテルを魔女が待っているけれど、僕のお菓子の家には母さんが、姉さんと僕のためにご馳走を作って待ってくれている。

 彼は炬燵に顔をふせて夢見る、二人が帰ってきて一緒にご飯を食べる夢を。それはただのカレーだけど、彼にとっては何よりのご馳走だ。

 そうだ、カレーの海だ、ご飯の陸だ・・・意識はだんだん夢の中に落ちていく、家族二人が帰ってくるまで彼は夢の中、画用紙は白紙のままで。

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