自分を認めたい


「……いつもの、天井だ」


 気が付くと、俺はベッドにいた。


 俺の部屋だ。

 貴族らしく無駄に豪華な部屋。

 間違いない。ここは俺の家だ。

 俺は、生きて帰って来たんだ。


「……うぐッ!」


 ゆっくりと上体を起こしたと同時、激みが走った。

 服が肌に擦れる度に鋭い痛みが、動く度に鈍い痛みが走る。

 どれか一つでもかなり痛いのに、同時に来るものだから余計に痛い。


「俺は……一体………!!?」


 ゆっくりと思い出してきた。

 アティレスに会いに行って、魔物と遭遇して、ソレで……。


「!?!?!?」


 全て思い出した瞬間、ゾワッと悪寒が走った。


 そうだ、俺は……殺されかけた。

 オーガにトドメを刺されようとしていたんだった。ソレで俺は……。


「アルコ様!?」


 突然、戸が開けられて中に使用人か入って来た。

 ディーネだ。

 ツインテールにした金髪と年齢不相応の豊満な胸を揺らしながら、俺に飛び掛かる。……って!


「アルコ様~~~! ぶへっ!?」

「危ねぇ!?」


 ベッドの上を転がって避ける。

 彼女は子供だが、俺と比べたらかなり大きい。

 もし今圧し掛かられたら、簡単に潰れてしまう。


「怪我してる俺に何すんだ!? トドメ刺す気か!?」

「あ、あううう!ご、ごめんなさいアルコ様!」

「ったく、料理以外は何時もドジだ……な…」

「ん? アルコ様? どうしましたか?」


 俺の異変に気付いたディーネがすり寄る。


「ディーネ! 俺が倒れた近くに亜人はいなかったか!?」

「え!?あ、亜人ですか!? ……いえ、アルコ様だけの筈です。他には何も異常はありませんでした」

「……そうか」


 オーガは獲物を食い散らかす。

 何もないということは食事をしてないということだ。

 何故俺とアティレスを生かすのか。ソレは訳が分からないがどうでもいい。今は無事なことを喜ぼう。


 彼女は……アティレスは生きている!


 そうと分かれば安心だ。

 魔物は長い間自分のテリトリーの外で彷徨けない。ここまで時間がったたのなら帰ってる筈だ。


「そ、そうですアルコ様、一体何があったのですか!? いきなりボロボロになって! 私だけでなく旦那様方もご心配したんですからね!」

「おや…父上が? それはすまなかった」

「本当ですよ! 今はオーガが村近くに出て大変なんですからね!」

「え!?」


 その話を聞いた俺は驚いて振り返る。


「オーガが…まだいるのか?」

「え? あ…ハイそうです。けど大丈夫ですよ! 一匹だけですので冒険者を募ればそのうち討伐されますし、何なら私兵でも十分ですから」

「………」


 そうだ、ディーネの言う通りだ。

 オーガはそれなりに強い魔物だが、何も勝てないというワケでない。

 冒険者や兵士などの戦いを生業とする人間なら、準備をすれば十分に戦える。


 俺が出張る必要なんてないんだ。子供の俺が出しゃば手もいい事なんて何一つ……。


「(いや待て、じゃあアティレスはどうなる)」


 領民なら救助されるかもしれないが、この国は亜人には排他的だ。エルフであるアティレスを助けてくれるわけがない。

 なら、誰が彼女を助ける?


「(俺しか…いねえだろうが!)」


 家は頼れない以上、俺が行くしかいかない。

 けど、出来るのか? 俺に? 一度負けた俺が?


 自分に負けた様な俺が、本当に戦えるのか?


「……ごめんディーネ、少し一人にしてくれないか?」

「え? あ…ハイ! 旦那様には私が言っておきます!」


 俺の様子を察知してくれたのか、彼女は何も聞かずに出て行ってくれた。

 

「………」


 窓を開けて夜風を浴びる。

 少し冷めた空気が髪を撫でる感触が心地よい。

 こうしていると頭が冴えて冷静に物事を考えられる。

 だけど、今日は風だけでなく別のものまで感じることにあった。


「……なんですか、百山さん」

「流石です、アルコ様。私の魔力を即座に察知するとは」


 窓から百山さんが入ってきた。


「アルコ様、私はしばらくお暇しようと思っています」

「え?」


 突然の話に俺は若干驚く。


「私が教えられることはもうありません。それに、あなたにはもう私の指導は必要ないでしょう」

「そうですか、残念です」


 言いたいことはいろいろある。けど師匠だって事情があるのだ。我儘言って困らせるものじゃない。


「では、わしから最後の指導です……お聞き下さい」

「はい」


 俺は地べたに座って話を聞いた。


「アルコ様………貴方様は、自分で自分を縛るのをやめよ」

「………え?」


 戸惑う俺を他所に師匠は俺に話を続ける。


「貴方様は時折、演技臭い時があります。まるで、他人を演じているかのような仕草を。……貴方様の剣を見ておれば、それがわかります」

「………」

「今の貴方は、自分で自分を縛る囚人です。己で作った牢から飛び出せずにいる。せっかく優れた才を持っているのに、それではあまりにつまらんでしょう。……優しく誠実な貴方様は怒るやもしれませんが、私は一度もこの剣を他人の為に振るった事はありませぬ。私がそうしたいと願んだがゆえのこと」


 俺の手を師匠が握りしめた。



「貴方はもっと己を認めてください。そうすれば、あなたの真の望みが見えるはずです」


「大丈夫です。貴方はこんなにも優れ、努力している。あと手にするべきものは……わかるでしょう?」



 師匠はそう言い残して部屋から出て行った。


「………自分をと認めろ、か」


 俺だって……僕だってそうしたい。

 自分を認めて、自分を信じたい。

 物語の英雄のように、自信にあふれた生をおくりたい。


「(けど、今更……)」


 答えなんて出ない。

 前世で散々やって出なかったのだ。今更出せるわけがない。

 そんなどうしようもないことで悩んでいると……。


「!?!?」


 夜風に乗って、馴染みのある匂いがした。

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