プライドを捨てた


 翌日、俺は家を抜け出してアティレスに会いに向かった。

 今日は彼女と一緒に遊ぶ日。いつも通りの獣道を抜け、待ち合わせ場に向かう。


「(……アティレス、喜んでくれるかな?)」


 残り一本の野花。

 貰い物だが、キレイな花だ。

 アティレスは花が好きだからきっと喜んでくれる筈。

 植物についても詳しいから色々と聞こう。何の花か、どんな花言葉があるか、そもそもこの世界に花言葉の概念があるか。会うのが楽しみだ。



『え? あのキモオタから貰ったの? ソレキモくない?』

『いいのよ。貰えるもんは貰って。チョー便利だよ?』



 ……彼女なら、あんなことを言わない。安心して遊べる。






「きゃあああああああああああああああああああ!!?」

 

 突然、悲鳴を聴いた。

 方向と状況からしてアティレスのもの。頭がそう判断する前に、俺の足は動き出す。

 魔力で脚力強化、同時に獣心流の歩法を使って加速する。

 植物の枝や葉で若干肌を斬り、土で服や靴が汚れるが知ったところではない。

 いくら高級な服だろうが、彼女の安全に比べたら布切れ同然。また新しく買えばいい。

 そんなことよりも、早くアティレスの元に行かなくては……!


「アティレス!」

「アルコ!」


 茂みを抜けて待ち合わせ場に辿り着く。

 そこには、尻餅をついて倒れるアティレスと、信じられないものがいた。

 三mはある巨体、筋骨隆々の体格、人型をしているが皮膚は緑色の魔物。


「……オーガ?」


 元来、この魔境には存在しない筈の魔物。

 いたとしても、もっと奥に生息し、人里近くのここには来ない筈の魔物がそこにいた。


 オーガ。

 三m程ある筋骨隆々の人食い鬼。

 武器は外見通りの怪力と耐久力。手足や腹の筋肉は勿論、顔面や横腹等の筋肉が薄い部分も分厚い筋肉に覆われている。

 魔物の中では強い種であり、ゴブリンや人間を素手で引き千切るのは勿論、あのブラックティーガーですら力負けする。

 耐久力も脅威だ。物理攻撃は勿論、魔法攻撃にも耐性があり、子供程度の魔法では傷一つ付けられないと言われている。


「に、逃げてアルコ! 君に勝てる魔ものじゃない!」


 結論。俺のようなガキが勝てる相手じゃない。

 だが、やりようはいくらでもある!


「正しき雷よ 我が元を照らせ ライトサンダー!」

「?」


 杖をわざとらしく振り、魔法で閃光を起こした。

 俺の存在に気付いたオーガは振り返り、俺に目を向けようとする。

 よし、狙い通り!


「グゥ!?」


 思った通りオーガは目を抑えて立ち止まった。

 目くらまし。

 オーガの魔力耐性の秘訣はその筋肉だ。なら、筋肉に覆われてない目は弱点の筈。

 ソレに、いきなり閃光弾みたいな光を食らったら、普通は混乱して動きを止める。

 あの筋肉ダルマが目を抑えているうちにアティレスを回収して逃げれば……。


 ドゴン!


「………え?」


 気が付いたら、俺は空を舞っていた。

 遅れて感じる激痛。

 ソレが蹴られたせいだと分かったのは、反転した視界に足を上げているオーガの姿が見えたおかげだった。


「………カハッ!」


 背中を遠くにあった木に強く打ったせいで呼吸を忘れ、一瞬だけ視界がブラックアウト。叩きつけられた木をブチ折りながら地面を跳ね回った。

 地面にぶち当たる度に砂や小石が肌を切り、舞い散る土埃が服を汚す。また別の木に再び背中を打ち付けられたことで俺はやっと止まれた。


「う、うぅ…ぐッ!!?」


 痛い。

 全身に様々な痛みが走る。

 蹴られた激痛。どうやら俺は腕を咄嗟に盾にしたらしい。だが直に受けたせいで凄まじい痛みで脂汗が噴き出る。

 叩きつけられた鈍痛。木をへし折る程の威力に加え、地面を何度も叩きつけられたのだ。全身に鈍い痛みが走る。

 切られた鋭痛。転がりまわった際に肌を土や小石で切った。おかげで肌が露出している箇所からは血が出ている。


「ぐ…あぁ!!」


 結論、大ダメージ。戦うどころか逃げる力すらなかった。


「な、なんで……!!?」


 何故目潰しが聞かなかった。

 タイミングはバッチリ。アイツも怯んでいた筈。なのに何故!?

 そんな疑問が思い浮かぶが、考える暇など俺には与えられなかった。


「グルアァァァァ!!!」


 オーガが雄たけびを挙げて迫ってくる。

 俺を殺す気だ。

 マズい、早く何とかしないと。


「あ…ああああああああああああ!!!」


 俺も雄たけびを挙げて折られた腕の反対を掲げる。

 途端、俺の人差し指と中指が融合。二倍程ある紫色の禍々しい指となり、親指と交尾も同様になっていた。

 そのことを疑問に思う余裕など今の俺にはない。異形の指と化すことで倍増した電撃魔法をすぐさま浴びせる。


「ギイ!?」


 ビリビリビリィ!

 格段に威力のあがった俺の電撃がオーガに炸裂した。

 今度は効いた。確実に効いた。俺の電撃でダメージを受けた。

 この指の何処にそんな要素があるのかは理屈では分からない。

 だが、この指のおかげで今まで戦い、勝つ事が出来た。なら今回も……。


「食らえ!!」


 電撃を浴びせる。

 バチバチと大気で迸りながらオーガの身体に命中。全身を紫電が駆け巡り、動きを止める。その隙に俺は何発も電撃を浴びせてやった。

 よし、この調子なら行ける! もっと電撃を浴びせて……。


「グルオオオオオオオオおお!!」

「!?」


 突然、オーガが地面を蹴り砕き、その破片を俺に飛ばして来た。

 石塊と砕けた砂で怯んだ俺。視界も遮られ、オーガのダッシュに一瞬反応が遅れた。

 眼前に拡がる大きな拳。咄嗟に腕を楯にするが、受け流すことが出来ずモロに食らった。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!?」


 激痛が走る。

 あまりの痛みに俺は叫び、その場で泣き叫んだ。

 痛い痛い痛い!! 滅茶苦茶痛い! 何も考えられない程に痛い……!!!


「グルオオオ!!」

「!?」


 オーガが腕を振るおうとするのが見えた。

 殺される。

 その危機を感じた俺は無意識に腕を突き出す。




「………ゆ……」


 弱弱しく。




「……ゆる、して…」


 乞うかのように。




「許して…ください……!」


 俺は、最低限の誇りを捨ててしまった。

 

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