風呂場での不安
“やはりコイツには才能があるな。”
湿っぽい洞窟の湖の中、一匹の蛇がニヤニヤと笑いながら天井を眺めていた。
天井に映るのは、湯船に浸かってボ~としているアルコ。
その様子は心ここにあらずと言った様子で、何か悩んでいるようだった。
“ッチ。たかがゴブリンを殺した程度で何を悩んでいるんだ? 軟弱な奴め”
筋はイイ。
才能は十分あり、伸ばす努力も怠らず、環境もこの国にしては恵まれている。
文句を言うならメンタルが少し脆弱。
前世の出身地が日本という争いごとに無縁な国のせいか、それとも本人が殺しを嫌う性分のせいか。
力を振るう事に快感を覚えても、命を奪う事にはたとえ相手が全く違う動物であろうとも忌避する。
やはり人間の考えは理解に苦しむ。
このガキの出身地の人間も、科学という武器で他の生物を殺し、隷属させることで発展してきた筈である。
しかしそれらを隠して、やれ命は大事なの、皆仲良くしようだのほざいてやがる。
実にバカげている。
生きている以上、他の生物を害するのは当然の事。
同種だろうと邪魔なら排除するし、使えるなら奴隷なり家畜にするなりして生かしてやる。
奪い、犯し、そして殺す。
頂点に立つ者が持つ当然の権利だ。
“まあ、あのガキが同じになるのも時間の問題か”
ニタリと、大蛇は笑った。
力は順調に目覚めかけている。
ほんの極僅か。小指の爪先程もないが、指一本程の力には成長するだろう。
復活まではいかないが、外の世界を楽しめるエネルギーは有るはずだ。
“ああ、成長が待ち遠しいぜ”
蛇はカタカタと嗤いながら、湖の底へと潜った。
「……」
ボ~と、風呂に入りながら天井を眺める。
広々とした湯船に、程よい温度のお湯。
ただ、妙に波打つ音が若干耳障りだな。
日本では慣れ親しんだものだが、この世界では湯船に浸かるタイプの風呂は贅沢だ。
まあ、前世の風呂はこんな古代ローマみたいな感じじゃなくて、昭和モノの小さな風呂だったけど。
ちゃぽんと、音を立てて指を眺める。
小さい年相応の指。間違いなく俺の指だ。
杖無しで強力な魔法を使い、ゴブリンを焼き殺した……化物みたいな指だったものとは到底思えない。
「(結局、アレは何だったんだ?)」
この力が俺の魔法を強化させることは間違いない。
威力、射程、範囲、燃費、質量…。全てにおいて普通に杖を使った状態を超えている。
ソレはいい。杖無しであんな魔法を使えるのなら破滅回避だけじゃくて今後あらゆる面で役に立ってくれる。
問題はあの感覚……あの謎の衝動だ。
「楽し…かったなぁ……」
今でも思い出す。
電撃魔法を思いっきりぶっ放すあの解放感。
魔法と言う特別な力で怪物を倒す爽快感。
一方的に強力な力で敵を殺す全能感。
全てが前世にはなかった感覚だった。
「一体……どうしちまったんだろうな?」
前世の僕は、暴力を楽しむどころか、喧嘩すら出来ないような臆病者だった。
俺に生まれ変わっても、鍛錬で師匠や師匠の用意した相手と戦うことはあっても、相手を傷つけて喜ぶ事はなかった。
なのに何故こんな事を思ったのか。
決まっている、この力のせいだ。
俺は指に力を込める。
途端、右手の人差し指と中指が紫色の霧みたいなものに包み込まれた。
霧は数秒程で晴れ、その内部から変化した俺の指が露わになる。
ゴツゴツとした、まるで爬虫類の鱗に覆われた指。
本当に化物みたいだが、別に気にすることはない。
コレはコレでカッコいいし、変身にも憧れがある。
ソレに、この力の正体も心当たりがあるし……。
試しに辺りを照らす魔法を使ってみる。……良し、問題は無い。俺の精神の変化もない。
光の強さが通常以上であることを比べたら、杖を使う時と何ら変わりはない。
別にこの指で魔法を使えばあの精神状態になるわけでもなさそうだ。
「(俺の精神に変化はなし。じゃあ、あの感覚は戦闘の時だけのようだな)」
指を元に戻し、再び湯船の中に漬ける。
おそらくこの指は俺の闘気とかそういうのを増幅させる効果があるのだろう。
そのせいか、ブラックティーガーの時のような後味の悪さがない。
魔物とはいえ人に近い姿をした敵を十体以上は殺したというのに。
良い事じゃないか。おかげでビビることなく力を使えたのだから。
いいことじゃないか。
俺の……僕のビビり症を直してくれるんだ。
いざ戦うという時に硬直でもしていたら殺されてしまう。
一瞬の隙で勝敗が決まるのに、いちいち混乱するなんて話にならい。
そういったリスクを無くしてくれるんだ。僕にとって有難いことじゃないか。
なのに何でだ?
「(なんで、今の俺は……こんなに不安を感じているんだ?)」
微かな震えによって湯船が波打つ。
さっきからずっと続いている。いい加減に耳障りだ。
俺は風呂から上がり、これまた無駄に広い脱衣場に向かった。
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