朝から憂鬱な気分だ



 朝から憂鬱な気分だ。


「結局……一緒なのかな?」


 俺は……僕はまだアルコ。オルキヌスに成り切れてなかった。


 この世界に生まれ変わり、前世とは違う肉体を手に入れた筈なのに。


 小さい頃から姿勢や口調を変え、前世とは違う自分を形作ろうとしたはずなのに。、


 この世界で剣術と魔法を学び、自分の物にしたはずなのに。

 

 なのになぜまだなり切れない?


 一体何が足りない?


 一体どうすれば……。




「……一度ゆっくり考えよう」


 そうだ、今日は剣の練習を休もう。



 今思えば、僕はただ暴走していただけかもしれない。


 水嶋優からアルコ・オルキヌスになるため、ただ我武者羅に魔法や剣術を勉強していた。

 しかしそれでは意味がない。


 努力とは手段であって目的じゃない。


 何の因果もない努力はただの徒労だ。

 ちゃんと目標を設定して、それまでの道筋を考えてから実行しなくちゃ意味がない。

 目的地に行くのに、何処にあるかも知らず、交通手段も決めずに行くなんてバカがすることだ。

 まずはちゃんと目的地が何処か、どうやって行けばいいかを決めなくては。



「師匠、今日は剣の練習休みたいんだ」

「うん、いいぞ」

「そっか、やっぱダメ……っえ?」


 断られると思いきや、OKが出たことに僕は驚いた。


「最近お主は剣と魔法の練習ばっかりだった。遊ぶかと思ったら戦闘訓練だ。正直不安だったんだ」

「……え~」


 意外だった。まさかそんなことで不安がられているとは。


「だから今日ぐらいは外に行って遊びなさい。子供は遊ぶのが仕事だら」

「……うん」


 僕は……俺は力なく頷いた。


 相変わらず師匠は優しい。

 剣と魔法の訓練をしたいと言ったのは俺の方からであって、むしろ父さんは止めようとしていた。

 忙しいのに付き合ってくれて、俺が出来るまで指導してくれている。

 なのに俺が休みたいと言えば俺の心配をしながら許可してくれる。本当にいい人だ。


「あ、お兄ちゃん休むの?だった私も休む!」

「ダメだ。またサボったってお母さん怒ってるからね」

「ヴぇ!? そ、そんな~!?」







 初めて、この手で生き物を殺した。



 別に、そのことを悪いとは思わない。

 無益な殺生じゃない。ちゃんと正当な理由のある行動だった。

 相手は俺を殺そうとしていた。やらなければやられていた。俺が奴を殺したのは正しい判断だ。


 俺は悪くない。自分の命と身を守っただけ。やらなければ俺がやられていたのだ。

 もし仮に、第三者がこのことを知ったとしても、俺を責める謂れは無い筈。むしろ逆に、世界観からしてよく戦ったと勝算されるんじゃないか?


 そうだ、俺は悪くない。悪くないんだ。

 第一、生き物を殺すなんて前世でもこの世界でもやってるじゃないか。

 普段食べている肉や野菜は勿論、薬やボディーソープだって動物実験を……他の生き物の命を使って安全を保証してから使っている。


 生きるっていうことはそういうことだ。

 他の生き物を殺し、その肉を食べる。

 普からしていることじゃないか。

 そうだ、当たり前の事なんだ…。


「………」


 なのに何だ、この妙な罪悪感は。

 悪くない筈なのに、心の何処かで何かが燻っている。

 何故だ、俺は当たり前のことをした筈。なのに何だこの蟠りは?


「………」


 無言で指を眺める。

 昨日、あの怪物―――ブラックティーガーを殺した指だ。

 グチャリと固形物を潰し、内部の液体をかき乱した感覚がまだ残っている。

 それがとても不快で、気持ち悪くて……。




「楽し…かったなぁ」


 ふと、そんな言葉が漏れた。


 俺は一体何を言っている?

 指を目に突っ込んで、目玉を潰したんだぞ?

 あのグチャッとした気持ち悪い感覚が何だって?


「お…落ち着け。あんなことがあって混乱しているだけだ……」


 一旦深呼吸して息を整える。

 そうだ、そんなことを俺が思うわけがない。

 ただ非日常的な経験をして混乱しているだけ。

 冷静になれ。指を目に突っ込んで、魔法を流し込むなんて黒い真似が……。



 あれ? あの時、俺は杖を使わなかったか?


「……いや、そんなまさか」


 ありえない。

 魔法は杖などの媒介が必要であり、ソレはモンスターや亜人も変わらない。

 彼らは道具こそ使わないが、角や牙などの人間にない部位を媒介にして魔法を使っている。

 つまり、そういった部位のない人間が魔法を使うには、道具を使うしかないのだ。

 まあ、例外はあるのだが……。


 いや、まさかコレが特典か?



 あの女神……僕を俺に転生させてくれた女神は祝福をくれるって言っていた。

 まさか、ソレと関係しているのか?


「正しき雷よ 我が敵に裁きを サンダー」


 指先を窓の外に向け、魔法を使う。

 本来なら何も起きない筈なのだが……。


 ビリビリビリィ!


「なッ!?」


 何も起きない筈なのに、指先から魔法の電撃が放たれた。

 威力は抑えたのでそれほどでもないのだが、感覚的には杖を使う時よりも魔力の消費が少ない上に、威力も速度も範囲も上だ。

 一体どうなっている? 俺の身体に何が……。


「ッ!?」


 再び指先を見た途端、俺は言葉を失った。何故なら……。


「な…なんだコレ……!?」


 何故なら、俺の指先から、刃物のように鋭く長い爪が生えていたから。


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