恐怖の叫び
ブラックティーガー。
豹を大きくしたような外見の、森の魔境に生息する魔物。
食物連鎖の上位に君臨し、武装した大人が数十人掛りでやっと倒せる魔物を常食にする危険な魔物だ。
無論、剣術と魔法をかじった程度のアルコが勝てる魔物じゃない。
「……あ、あぁ」
その姿を見た瞬間、アルコは全身を震えさせた。
勝てない。
この獣には何があっても絶対に勝てない。
たとえこの場に自分が十人二十人いようとも、この獣に一つ付けられない。
獣の動きを真似る獣心流門下生だからこそ、余計に獣としてどちらが上か理解してしまった。
しかし、引くわけにはいかない。
眼前の捕食者はニヤニヤとした笑みを浮かべながら、洞をジッと見つけめている。
そこに獲物が―――子獅子がいることを理解しているのだ。
ここで自分が逃げたら後ろに向かうのは目に見えている。
なら、何が何でも戦わなければいけない。
「うおおおお!!」
刺突を繰り出してブラックティーガーのを弾き飛ばそうとする。
しかし相手は牛一頭程の体重を誇る猛獣。
いくら魔力で強化しようとも、同じく魔力で強化されている猛獣に適うはずがない。
アルコは紙のように吹っ飛ばされ 数mほど先の木にぶつけられた。
「カハッ……!」
肺から無理やり酸素が吐き出される。
若干血の混じった空気が口内を満たした。
「う、うぅ……」
木刀を杖にして無理矢理立ち上がる。
ソレを見てブラックティーガーは不愉快そうに顔を歪めた。
このガキ、まだ立ち上がるのか。
ムカつくな。どれ、ここは少し揺すってやろう。
ゴウッと音を立てて風が鳴いた。
鋭い爪で地面をえぐりながら、黒い風となって駆け抜ける。
右から左へと跳び、左からまた右に、今度は木の上へと跳び上がり、木を足場にして再び地面に降り立った。
質量を持つ黒い風が縦横無尽に吹き抜ける。
加速が最高潮まで達したと同時、リオンの身体の横をギリギリ通り過け、運動エネルギーを後ろにある木々の群れに叩きつけた。
黒い砲弾によってへし折られる木々。
ベキベキッ!と響く轟音はその破壊力を証明している。
次に、たらりと、アルコの頬から血が流れる。
急加速によるカマイタチのせいっだ。
現に、ブラックティーガーは一切彼に触れてないのだから。
「……」
そっと、頬から流れる血に触れる。
ソレが自分の血であると理解した途端、アルコは木刀をポロッと落とした。
闘志が折れたのだ。
ブラックティーガーとの力量差感覚的に理解していたが、これで具体的に示された。
勝てない。
どうやってもこの獣には勝てない。
具体的に理解してしまった。
「(……死ぬ?)」
何かが沸いてくる。
身体の奥底から、ゆっくりと蝕む。
まるで全身を氷に包まれたかのような悪寒。
ほんの少し認識してしまた程度で、それはアルコの体を乗っ取った。
死の恐怖。
前世では出会う事のなかった、忘れていた筈の感情が。
ハッキリと目の前に突き付けられることで目覚めてしまった。
「う…ウワアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
結果、アルコはみっともなく叫んだ。
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