ブラックティーガー
「……ん?」
ちらりと、視界の端に何か目に入った。
動作から見るに動物、子犬ほどの大きさ。
白いソレが何かから抜け出そうと苦戦している。
「犬……じゃ、ないよね?」
恐る恐る歩み寄り、獣を観察する。
小さいが、子犬にしてはガッチリとした体形。
ソレは、狼と呼ばれる生き物だった。
「狼? ……へ~、こんなのもいるんだ」
初めて見る狼に少し興奮してまじまじと見つめていると、狼がこちらを向いた。
「純白の毛……キレイだな」
狼の体毛に注目する。
雪のように柔らかい白。
こんなに綺麗な動物が野生にいるのか。
「生の狼、しかも子供か」
そんな風に狼を眺めていると、鋭い瞳孔が威嚇してきた。
鋭い牙を見せて、上体を低くして唸る。
これ以上、近付くなと警告しているようだ。
俺も下手に動いて噛み付かれては堪らない。さっさと離れよう……。
「……こいつ、罠に引っかかったのか」
左前脚を虎ばさみに噛まれ、白い毛が赤黒く染まっている。
見るからに痛そうだ。肉を抉るような傷に、俺は顔を歪めてしまった。
「……これは早く解除してやらないと」
「キャウッ!?」
俺は急加速して噛まれない位置に移動し、木刀を罠に差し込む。
無理やり梃の原理で開けるわけにはいかない。そんなことをしたら逆にこの子を傷つけるかもしれない。
虎ばさみには刃の横の部分に板バネと言われるがある。そこを踏むことで刃が開き解除されるので、そこを木刀で突く。
「キャウッ!? キャウ~………キャン!」
罠が解除された途端、狼の子は自力で脱出。
数秒程きょろきょろすると、俺の足元にすり寄ってきた。
「よしよし、次は怪我治してやるからな」
「きゅう~」
持ってきたカバンの中から布と薬を取り出す。
怪我した時用に持ってきた薬がこんな形で役に立つとは思わなかった。
「キャウッ!」
子狼はさっきまで威嚇したとは思えない人懐っこさで俺の治療を受けた。
軟膏を傷口に塗って消毒と止血を同時に行い、布で包んで乾燥を防ぐ。
傷口に触れるのは痛いのに子狼は最後まで我慢してくれた。偉いぞ。
「よし、これで完了……ん?」
子狼が急に身体をぎゅっと縮こめた。
まるで何かに怯えるように、体を小さく丸めて震える。
俺に怯えているのではない。じゃあ何に怯えている?
原因を探すべく周囲を見渡すも、俺とこの狼の子以外の動物は存在しない。
「……一体何なんだ?」
困惑していると、突然ガサリと音がした。
本能が警鐘を鳴らす。
何かいる。
この場に危険な生物が存在している。
肌寒い突風が吹く。
黒い何かが風を纏って真っすぐ子狼に向かう。
咄嗟に子狼を腕に抱えて庇う。
反射的に、衝動的に取った行動。
自分でも何故こんなことをしたのか理解出来なかった。
「うぅッ!」
背中に鋭い痛みと、焼かれるような熱さを感じた。
服の上からバッサリと背中の肉まで裂かれる。
痛みのあまり力を込めてしまい、腕の中の子狼を絞めてしまった。
ごめん、俺力強いから骨へし折ってないかな。
「にげ、ないと」
食いしばって激痛に耐えながら、俺は子狼を抱えて走った。
驚いて暴れる子狼をジッとしてくれと懇願しながら、俺は加速する。
流石に暴れられると走りにくい。
この子を置いて逃げられるし、むしろそっちの方が早い。
しかし、怯えて硬直しているこの子が自力で逃げられるとは到底思えない。
そしてなにより、怪我をしているこの子を放ってはおけなかった。
「我慢してくれよ。『獣心流―――駿足馬(しゅんそくば)』」
子狼を乱暴に抱え、足に魔力を集中させて加速する。
その間、子狼は大人しくしてくれた。
この子賢いな。俺の意図を汲んでくれている。
もう少しで森を抜けるといったとこで、黒い何かがまた襲ってきた。
今度はさっきとけた違いのスピードで向かってくる。
「ぐあっ!」
黒い何かにぶつかって吹っ飛ばされる。
咄嗟に受け身を取って転がることでダメージと衝撃を逃がす。
無論、子狼は傷付けないように注意を払って。
「獣心流―――砂猫隠れ」
木刀を切り上げて砂を舞い上がらせる。
砂の煙幕で姿を隠し、猫を真似た歩法で逃げる技だ。
「(まずい……追いつかれた! 砂煙が晴れる前に隠れないと!)」
激痛に耐えながらも状況の確認をする。
黒い何かの正体は分からないが、俺と子狼を狙っているのは間違いない。
一瞬この子の親か何かと思ったが、この子の怯え具合から見るにその可能性は低い。
「(いやもういい! 考えるのは後だ!)」
砂煙が晴れる前にどうすべきかを考える間、視界の隅に樹の洞を見つけた。
この子の身は隠せそうな大きさだ。
俺はその中に隠そうとするも、子狼は暴れて抵抗した。
「怖がるなよ。俺だって、怖いんだから」
子狼に向かって無理やり笑い、虚勢を張る。
クゥンと小さく鳴く。やはり狼はワンワンとは鳴かないようだ。
「静かにしとけよ。何が遭っても出てくるんじゃないぞ」
人差し指で『静かに』とジェスチャーして、その場から離れる。
砂煙が晴れる前に、自分の隠れる場所を探さなければ。……いや、もう遅いか。
「……嘘だろ」
砂煙が晴れて姿を現す。
あの子が今まで怯えていた元凶。
ソレは、俺の予想をはるかに上回る脅威であった。
眼前にはネコ科の猛獣に似た巨大な獣。
外見は黒豹に似ているが、体格は虎に近い。
尾を入れた体長は3m、体重は300kgを超える。
「……ブラック、ティーガー」
ポツリと、俺はその獣の名を呟いた。
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