初めてのお稽古お休み


「アルコ殿…アルコ殿!」

「ん?…へぶ!?」


 気が付くと、頭に衝撃が走った。

 木刀で殴られたせいだ。


「アルコ殿、稽古中に考え事とは感心しませんな」

「も、申し訳ありません師匠……」


 シュンと反省すると、師匠はため息を付いた。

 もしかして呆れられちゃったのかな……?


「どうやらアルコ様はお疲れのようだ。ここ毎日剣の稽古やら魔法の稽古やらしているせいでしょう。偶にはお休みになるのもよろしいかと」

「え?いいのですか?」

「もちろんでございます。第一、アルコ様の年頃ならもっとワガママでいるべきなのです。こんなに稽古ばかりの日々など軍隊ぐらいです。少しは子供らしくするべきかと」

「畏れならがアルコ様、僕もそう思います」

「ば、バンドウまで……」


 普段あまり意見を言わないバンドウまでも稽古続行に反対してきた。

 こりゃ逃げ道ないな。


「分かった。じゃあ今日の稽古は休むよ」

「はい、すぐにお風呂の支度をしますのでゆっくり汗をお流しください」


 タオルを渡しながら言うバンドウ。

 この準備の良さ、コイツもしかしてこうなることを予測していたのかな。


「ちょっよ待って! 今日は私と遊ぶ予定ではないのですか!?」

「落ち着いて下さいドルフィナス様。あくまでも稽古の後でしょう?大丈夫です、ちゃんとアルコ様は守ってくださいますよ」


 ドルフィを宥めるバンドウ。

 コイツもしかして俺がルーヴと会おうとしてるのを知ってるのか?


「ソレでは行きましょう。レディに会われるのでしたら身なりはしっかりしておかなくては」


 やっぱ知ってるな!










「やっと休みを取るようになりましたか」


 オルキヌス家の客室の一つ。

 使用人の休憩用に用意された椅子と机。

 アルコの師匠、百山はため息を付きながら座った。


「相変わらず質素な部屋ですね、モモヤマ様」

「おおバンドウ殿か。儂はこれぐらいが落ち着くんじゃ、あと様と敬語もいらん」


 本来、客である彼はもっと贅沢な品を用意できるのだが、百山本人の要望によって質素な部屋にしてもらっている。


「敬語に関しては癖のようなものでして……」

「何を言うておる? 昔のお主はもっと血の気が多かったじゃろうに」

「い、言わないでくださいよ……」


 バンドウは苦笑いをしながら百山と反対の椅子に座る。


「私はアルコ様に拾われてから変わったのです。道場をやっていた頃の私ではございません」

「ふむ、カイドウ殿か。惜しい人を亡くしてしまったの」


 ジョリジョリと髭を撫でる百山。


 バンドウはとある道場の長男だったのだが、とある理由で父親であるカイドウが死亡。道場も借金によって潰れることになってしまった。

 行く当てのなくなった彼を拾ったのがアルコである。


「あの人がいなければ私は傭兵或いは山賊になるしかなかった……」

「そうじゃろうな。普通なら私兵なり警備兵なりに雇って貰えるかもしれんが、この領地ではそうはいかんな」

「………」


 沈痛な様子を見せる二人。

 そんな空気を払拭するためか、バンドウは話を持ち掛けた。


「……モモヤマ様、貴方に相談があります」

「アルコ殿のことか?」

「はい。ですが、その様子だと既にあなたも懸念しているようですね」



「このままいけば、アルコ殿は破滅する」



「あの方は虎だ、しかも自分が子猫だと勘違いしている虎だ。このままでは、あの方は虎としての牙を猫相手に振るうことになってしまう」

「……はい」


 ゆっくりとバンドウは頷いた。


 アルコは決して弱くない。

 むしろ、七歳児としては破格の才能を持っている。


 七歳児が木刀を振り回せるか?

 七歳児が剣の稽古で12歳の剣術経験者を倒せるか?

 七歳児が一年間剣の稽古をした程度であそこまで動けるか?


 そんなわけがない。

 第一、剣術はどの流派でも最初は体力作りから始める。

 ソレは筋力より魔力を優先する獣心流だって変わりない。

 なのに、アルコは最初からソレを免除された。

 いくら護身用に習うためとはいえありえないことである。


「最初、わしに剣術の指南の依頼が来たときは冗談かと思った。六歳の子供に剣術を教えろなんぞ、舐められているのかと。……しかし、あの方は儂の予想をはるかに上回った」

「流石は我が主といったところでしょうか。オルキヌス家の血を最も濃く受け継いでいるのかと」

「濃すぎじゃアレは。まるでオークやオーガじゃぞ、あの膂力は。初めは魔力のせいじゃと思ったが、全身の筋力も関係しておる」


 アルコの筋力は魔力なしでも大人に匹敵する。故にあそこまで強いのだ。


「じゃから心配じゃ。あの子が修羅に成りそうでな」


 強い者は修羅道に堕ちやすい。


 人は自然と自分の力が発揮される分野に向かう。

 絵の得意なものは画力を生かす方面に、算術の得意なものは計算力を活かす方面へ、そして力のあるものは暴力を活かす方面へ。

 そう、戦場である。


「力のあるもの、才のあるものが修羅の道へ堕ちて逝くのを何度も見てきた。道中で散る者、投獄される者、そして獣になる者」

「……アルコ様は、どの道に進むのでしょうか?」

「……さあのぅ。じゃが、堕ちないために儂がおる」


 ガタンと、百山は椅子から立ち上がる。


「あの方は優しい子じゃ。前回、町の子をゲガさせたのも亜人の子を守るためじゃったし」

「ええ、そのあと治療もしてくださるあたり、あの方に修羅は似合いませんよ」

「その通り。少なくともあの子が修羅になるしたら……」



「それは、誰かのためじゃな」


 無論そんなことがないように。そう付け足して百山たちは話を切り上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る