第569話 甘い香りに誘われて

「市販のどら焼きも美味ではあるが、やはり伊勢家のあんこには及ばぬのう」


「だよなあ」


 今日の夕飯後のデザートはどら焼きと緑茶。

 市販のどら焼きだって十分美味しいけど、やっぱ、ばあちゃんが作ったやつと比べるとなあ……


「本土だとアズキってどうやって食べてる感じ?」


「んむ? まだ、兄上が思うほどには普及しておらんぞ」


「あ、そうなんだ」


 ナットがいる王国の南のラシャード領と、セスやベル部長がいるアミエラ領で多少出回ってる程度らしい。

 もちろん、そのどちらもで栽培は始まってて、収穫もされてるんだけど、今は普通に羊羹を作ってるんだとか。オゴノリ(天草)はクリーネっていう漁村で取れるから、お手軽に材料そろうもんな。


「羊羹か。携帯できる非常食って言われてるし、探索のお供にって感じか」


「うむ。ここだけの話だが……、薬膳スキル持ちが羊羹を作ると、MPのリジェネ効果を持つぞ」


「え、マジ……」


 美姫が声を潜めてそういうので、思わずノってしまう俺。

 1分ごとに+5が15分ほど続くらしく、これから先、とろとろ干しパプに次ぐヒット商品になるのではという話。

 それはそれで、ナットたちが儲かるからいいのか。開拓地を発展させるのに、お金はいくらあってもいいだろうし。


「妖精が育てたアズキを薬膳スキル持ちの兄上が料理すれば、いかほどの物になるのか興味津々よの!」


「あのなあ……」


 そう思いつつも、ちょっと試したくなってる。

 まあ、今日はまずあんこを作って、あんバタートーストからだな。


「あ、そうだ。部活でやってる時に、ワールドクエストが進んだっぽいぞ」


「何っ!」


「あー、落ち着け。古代遺跡が最後の舞台っぽいから、すぐにどうこうって話じゃないと思うから」


 わざわざ場所を記載してるのは、最後だからちゃんと参加して欲しいっていうことだと思う。なんで、明確に動きがあるなら、明日以降なんじゃないかなあと。


「なるほど。それで、その古代遺跡はどこにあるのだ?」


「確か魔王国の南にあるとか書いてあったかな」


「ふーむ、魔王国領内であれば、わざわざ行く必要はないかもしれんの」


 元々、魔王国スタートのプレイヤー用のワールドクエストっぽかったし、最後も魔王国でってことなら、先行プレイヤーが行ってもうまみがないんじゃっていう。


「ワールドクエストの貢献ポイントって、そういうのに参加しないと増えないんじゃないのか?」


「今回は様子見も多かったのでな。参加賞程度の褒賞があれば良かろうて」


 南の島のことや、アミエラ領で進めている港、ドワーフのダンジョンもあって、ワールドクエストは『悪魔を警戒する』ことの方を重視してたそうだ。


「最後の舞台は魔王国という話だとしても、だからといって他の警戒を緩めるのも早計であろう」


「ああ、確かに」


 それでまたってなったら間抜けだもんな……


***


「じゃ、始めようか」


「はぃ」


 アズキを使ったあんこ作り。

 まずは精霊魔法で出した水でさっと洗う。


「軽くね。表面の汚れだったり、殻が残ってたりするのを落とすぐらいだから」


 ミオンが真剣な表情なんだけど、ごしごしはしないほうがいい。

 ざっくり洗ってから、鍋へと移す。


「次に茹でる。煮立ったら中火ぐらいにして15分ぐらい。『渋きり』って言われるけど、ようするに渋味を取るために茹でこぼす」


「茹でこぼす、ですか?」


「一回、煮立たせて、煮汁を全部捨てることだよ。それで、素材の尖った部分を取り除くことができるんだって」


「なるほどです!」


 ミオンが感心してるけど、全部ばあちゃんからの受け売りだったり。

 で、茹でこぼしたあとは、


「水を入れ替えて柔らかくなるまで煮る。あ、鍋は別なのを。茹でこぼしに使った鍋は、その間に洗っておこう」


「はぃ」


「っと、もうアクが出てきたな。ゲームだから早いのかな」


 おたまを使って、せっせとアク取り。こまめにやらないと苦味が残るらしい。

 また15分ほど煮たところで、おたまで数粒すくって柔らかくなってるかチェック。


「こうやって潰してみて、芯が残ってないか確かめる。砂糖入れちゃうと柔らかくならないんだって」


 これも理由はよくわからないけど、そういうことらしい。

 ミオンが持つスプーンに茹ったアズキを二粒、三粒渡し、指でそっと潰して確認してもらう。


「どう?」


「大丈夫だと思います」


「りょ。じゃ、砂糖を用意した半分まず入れる」


 しっかり混ぜて、入れた分が全部溶けたのを確認してから残りを投入。


「半分ずつなのはなぜでしょう?」


「えーっと、多分、ダマにならないように? まとめて入れると塊が残っちゃったり、甘さに偏りができるかもだったと思う」


「なるほどです!」


 うん、違ってたらごめん。

 あとは火加減を見つつ……少しふつふつするぐらい。そのまま水分が飛んでいくのを眺めて待つことしばし。


「よし。最後に塩をぱらっと」


「お塩を入れるんですか?」


「うん。味を引き締める的な? スイカに塩と同じかも」


 俺もよくわかってないけど、入れると味が引き締まる感じがするんだよな。

 まあ、伊勢家の味ってことで。


「あ、バットお願い」


「はぃ」


 小分けにしてバットへと。冷ましてる間に、パンの用意をしておこう。

 バゲットを斜めにスライスしてトーストにし、その上にあんことバターを乗せる。

 うん、これは……ヤバそう……


「おやつ〜?」「〜〜〜♪」


「え? アルテナちゃん?」


 いつの間にか白竜姫様とスウィーがキッチンの入り口にいて、その後ろではエルさんが苦笑い。


「すまない。甘い香りが漂ってきてな」


「あー、はい。ちょうど出来上がったところなんで、みんなで食べましょう」


「はい!」


 さくっと人数分、スウィーたちには小さいのを用意。

 エルさんがお茶を淹れてくれ、みんなで応接室へと場所を移す。

 座って待ってくれていた白竜姫様たちが待ちきれない様子なので、


「じゃ、いただきます」


「はい、いただきます」


「いただきま〜す♪」「〜〜〜♪」「「「〜〜〜♪」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る