第542話 どこかにある理想郷

 夜。夕飯と洗い物を早めに終わらせてログイン。

 サバナさんの島にある転移魔法陣の個体番号を教えてもらったので、それをニーナに調べてもらうつもりだけど、まずはアージェンタさんたちに連絡しないと。


「アージェンタさんか、アズールさんか、ひょっとしたらバーミリオンさんが来るかもだし、お茶とおやつの用意お願いできる?」


「はぃ。任せてください」


「うん。じゃ、散歩がてら行ってくるよ」


「ワフ〜」


 ルピ、レダ、ロイを従えて教会へと向かいつつ、ギルドカードに話しかける。


「アージェンタさん。今、大丈夫です?」


『ショウ様。いつもお世話になっております』


「いえいえ。えっと、アズールさんから聞いてると思うんですが……」


 サバナさんの島の説明がややこしいんだけど、なんとか『エサソンっていう妖精がいて、古代遺跡のある島』の転移魔法陣の個体番号がわかったことを伝えた。

 で、ニーナさんに聞けば座標がわかるわけだけど、


『あ、僕も聞きたい!』


 案の定、アズールさんが割り込んできた。


『アズール。あなたはその場所で目を光らせていないとダメでしょう』


『だれか代わってよー』


『おう。島ワイン1樽で手を打ってもいいぞ!』


 バーミリオンさんまで割り込んできて、なんだかカオスな状況に。

 俺たちが教会に着くまで続いてたけど、結局、すぐ来れるアージェンタさんがくることになった。

 お酒をみんなの分、お土産に持って帰ることで納得してもらった感じだけど。


「ミオン、ちょっといい?」


『はぃ。どうしました?』


 アージェンタさんはモルトウィスキー、アズールさんはワイン、バーミリオンさんはバーボン。

 三人分のお土産、それぞれ1樽ずつ用意しておいてほしいことを伝える。

 多分、屋敷にある分で足りるはず。前にバーミリオンさんが来た時に、港の倉庫から運んでもらったし。


「ニャ」


「あ、シャル。ちょうど良かった。ちょっと屋敷へ行って、酒樽の種類をミオンに教えてもらっていい?」


「ニャ!」


『はぃ。わかりました』


 お土産はこれでよしと。

 そのまま古代遺跡に入ってのんびりと進む。

 そういえば、月火はのんびりって話だったの、夏休み入ってから全然だよな。

 二学期になったし、元のペースに戻していかないと……


「ワフ」


「ん、降りようか」


 転移エレベーターで下へと。

 明るくて広いこの場所は、使ってない物の置き場としても活躍中。

 普段は邪魔だからって外した解錠コード付きの魔導扉、1つは制御室の扉と入れ替えたけど、結局、どこに使うでもなく放置中なんだよな……

 そんなことを考えてると、奥の転移魔法陣が光り始めた。


「お、早い」


「ワフン」


 近づく前に光が収まり、アージェンタさん……とその背後に、ほぼ同じくらいの背の女性が隠れている。

 ひょっとしなくても、この、ボサボサ髪でかなり残念な美人が、翠竜エメラルディアさんなんだろう……


「ショウ様。お待たせしました」


「いえいえ。えっと……」


「はい。彼女がエメラルディアです」


 相変わらず礼儀正しいアージェンタさんだけど、少し呆れたような、疲れたような、なんとも言えない表情。


「エメラルディア。お姫様ひいさまもお世話になっているショウ様です。ご挨拶なさい」


「ぅ……、エメラ……です……」


「ど、どうも」


 アージェンタさんの肩越しに、ちらっとこちらを見て挨拶(?)するエメラルディアさん。

 コミュニケーションに難があって引きこもりって聞いてたけど、想像以上にこじらせてる感じ。


「ワフ」


「ぁ、かわぃぃ……」


 挨拶したルピにすっと近づいてしゃがみ込むと、その頭を優しく撫でてくれる。


「ワフ〜♪」


 そういえば、妖精と幻獣が好きって言ってたっけ。

 その様子にアージェンタさんもほっとした様子で、懐から手のひらサイズの小箱を出して渡してくれた。


「こちらはミオン様、スウィー様に。竜の都に咲いている花の種です」


「ありがとうございます」


 確かにこれは二人が喜ぶおみやげだ。ありがたくもらっておこう。

 で、転移魔法陣についての話を。エメラルディアさんは……ルピと楽しそうにしてるからいいか。


「アズールから話は伺っております。我々としては、悪魔の手に落ちねばといったところですが、万一のことを考えておくべきかと思いますので」


「ええ。転移魔法陣の持ち主から了解も得てるので、そこは気にしなくても」


「ありがとうございます」


 じゃ、聞いてみるか。


「ニーナ。転移魔法陣の情報が欲しいんだけど、いいかな?」


[はい。実物を置いていただくか、個体番号をお伝えください]


「じゃ、個体番号で。えーっと……」


 いつもの英数字の羅列なので、紙にメモしたそれを一字ずつ確認しながら読み上げる。


[はい。個体番号を照会中……照会完了。指定の転移魔法陣の現在地は第七洋上中間港です。座標情報は……]


 第七洋上中間港?

 転移魔法陣があるのって、古代遺跡の中だったはずだけど、そこが港の一部なのかな?


「アージェンタさん、何か知ってます?」


「はい。大型魔導船の存在については以前にお伝えしたかと思います。そしてそのような船で外洋へと出て資源探索を行なっていたことも」


「なるほど。そういう船が立ち寄る港だったってことか」


「ええ。ですので、大きな脅威ではなさそうです」


 と、ほっとした表情のアージェンタさん。

 機能としては、船体の修理なんかがメインでニーナも出来るやつ。


 メインの用事はこれで終わりだけど、エメラルディアさんを白竜姫様と会わせないとだよな。お茶とお菓子、用意しておいてもらって良かった。


「じゃ、うちへ。白竜姫様もおやつを待ってますし」


「お言葉に甘えて」


 エメラルディアさんはルピに任せて、アージェンタさんとお互いの状況のすり合わせを。


「先日はバーミリオンがお邪魔しましたが、ご迷惑ではありませんでしたか?」


「いえいえ。最近、やらないといけないことが増えすぎてたんで、いろいろ手伝ってもらってすごく助かりました」


 バーミリオンさんに手伝ってもらったおかげで、あっという間に厩舎ができたんだよな。エルさんにも普段からギルド関連を手伝ってもらってるし。


「リュ〜」


「パーン、いつもありがとうな。あとでみんなでおやつ食べに来て」


 教会裏でパーンたちにそう伝え、屋敷に戻る途中には近づいてきたリゲルを撫でる。

 エメラルディアさんがキラキラした目をしてるし、まあ、うん、妖精と幻獣が好きなら、ここに住みたいとか言い出しそうだよな……

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