IRO運営(9):楽しいは正義

 都内某所。六条記念博物館の地下深く。

 日付も変わろうという時間だが、IROを運営するSESでは次のワールドイベント『悪魔が来たりて』の最終チェックが行われている。


「ミオンさんとショウ君。ゲーム内とまったく変わりませんでしたね」


「ねー。何度、砂糖吐きそうになったことか……」


 そう言って肩をすくめるミシャPに、GMチョコも大きく頷く。

 元々、アルバムの収録には軽く立ち会う程度だったはずが、いろいろあって2人が担当することになった。

 理由が理由だけに、それは全く問題ないと引き受けた2人だったが……


「で、本社を張ってたパパラッチ? どうなったんです?」


「警備が不審者って扱いでしょっぴいたって」


「へー、何もしないかと思ってたんですけど」


「智絵里ちゃんがねー」


 収録場所が会長宅になったのも、期待の新人バーチャルアイドル『ミオン』の素顔をスクープしようという連中に、その会長本人が激怒したからなわけで、


「大手のメディアじゃないですよね?」


「個人だね。自称ジャーナリストってやつ」


「じゃあ、御愁傷様ですね」


 そのまま警察に突き出して不起訴になったとしても、六条グループと揉めた個人に対して仕事が回ってくることはない。

 その人間と取引があった会社も今ごろは大慌てだろう……


「あ、そうだ。新しいメインテーマ、ついさっき楽曲の収録が終わって、ミオンさんの歌と仮合わせしたの来てるけど聞いてみる?」


「ぜひ!」


 ミシャPが部屋の音響をサラウンドモードに変更し、その仮データを再生する。

 部屋全体に響き渡るのは壮大なオーケストラ。そこにミオンの息っぽい声が乗る……


「すごいですね……」


六響ろくきょうのコンマスがびっくりしてたらしいよ。オペラ歌手になるんだったら、知り合いがいるから紹介するって」


 公益財団法人六条交響楽団、六響と呼ばれるオーケストラでの演奏。

 最初はゲームのため、バーチャルアイドルの歌のための演奏と軽く見ていたコンマスが、何度もリテイクを出した渾身の演奏となった。


「それ会長に話したり?」


「言ってたけど、こっちからあれこれ言うのは絶対にダメって。まだ高一だしね」


「音楽なんて小さい頃から専門にやってないとですけど、やってるからなおさら惜しいと思ってそうですよね」


「うんうん」


 そんな会話が不意に途切れ、


「さて、本題です」


 GMチョコがそう切り出して続ける。


「予想より早く翠竜エメラルディアが目覚めちゃいました。理由はお分かりですよね?」


「白竜姫の体調回復、それに必要な薬膳効果のある食べ物が広まってきたら目覚める設定だったから……」


「どうします? 後に控えてるはずのワールドクエストのフラグがどんどん前倒しされてるんですけど?」


 そう言われて頭を抱えるミシャP。

 竜の都アップデートで白竜姫が登場し、その体調回復に薬膳と翠竜エメラルディアが必要だという当初の展開が、ショウの逆走(?)によってぐちゃぐちゃになってしまっている。


「それだけじゃなくて、次の『悪魔が来たりて』の前情報も、ショウ君経由で本土に広まりそうなんですよね」


「それさー、……もう始められない?」


 本来なら9月後半の連休開始だったものを、9月頭にしたにもかかわらず、さらに前倒し可能かどうかを聞くミシャP。

 自分でもふざけたことを言ってるという自覚があるのか、その表情は冴えない。


「デバッグも順調ですし、週明けの火曜からなら可能ですけど、9月まであと一週間ってタイミングで始めます?」


「なら始めちゃいましょ。どうせ最初の一週間は魔王国がメインになるし、それなら魔王国スタートの新規さんも喜ぶと思うし」


 悪魔が侵入してくるのが魔王国領。

 ストーリーの起点となる情報がすでに出回ってしまった以上、何も起きない状況を引き延ばすわけにもいかず……


「ただ、予告出すタイミングないんですよね」


「予告なし! ワールドクエストの解説ページも一週間は謎のまま!」


 思わせぶりな対応だけで一週間持たせるという、姑息な対応にGMチョコも苦笑い。ただ、今回のワールドクエストに限っては、それもまた有効なのも確かだ。


「じゃあ、そういうことで。翠竜の方はどうします?」


「どうって、ショウ君が絡んでるんだからノータッチ一択!」


 目の前で腕をクロスさせてバッテン意思表示のミシャP。

 前のワールドクエストで、意図的にショウを対象から外して痛い目にあったことも記憶に新しい。


「了解です。どっちにしても、無人島を対象外にするのはもう厳しいですもんね」


「だね。他の島も繋がり始めてるし、南の島もそろそろなのかな?」


 そう言って見やったディスプレイには、南の島で活動中の『白銀の館』メンバーが映し出された。


「あそこに繋がるのは、まあ、想定外なんですが、まだマシな方かなって」


「うん。ショウ君の装備とかを見ると『自分も!』って思うだろうし、それに追いつけるってなるとモチベも上がるよね」


「地下に採掘場所もありますし、これで魔銀ミスリルの価格も落ちてくると思いますよ」


 そろそろ『初心者を抜けたら補正付き装備』が一般的になってもいい時期だろう。

 もちろん、今後のワールドクエストが早まったことで、アップデートも早めざるを得ないのだが、


「すっごく楽しそうだねぇ」


「ですね」


 拙いながらもキジムナーたちと意思疎通している様子は、本当にゲームを楽しんでくれてるようで嬉しさが込み上げる。

 今日の仕事終わりのビールも彼女たちにとって格別の味になるだろう。仕事が終われば、だが……

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