金曜日

第466話 やっぱり我が家が一番?

「また来年、いや、冬に来てくれてもいいんだよ?」


 女将さんがそんなことを言ってくれる。たしかに寒い時期に南国リゾートもありだよなあ。

 最低気温が15度を下回るのも稀だそうで、船で沖に出れば鯨が見られるんだとか。あと、オフシーズン(?)なので料金が安いらしい……


「冬の合宿も計画していいかもですねー」


「先生、実家に帰らないつもりですか……」


 冬休みの合宿ってなると、年末ギリギリまでか、年明けてからか。

 年越しをこっちでなんていうのもあるけど、さすがに年末年始はうちも家族揃って……いや、わからないな。ミオンの家はどうなんだろ?

 オーナーさんと荷物の積み込みを終えて、忘れ物がないかを再確認。よし、大丈夫だな。


「オッケー?」


「はい」


「じゃ、みんな乗った乗った」


 月曜から金曜までの五日間。長いようであっという間だった。

 今日はこれから空港へ行って、飛行機に乗って……帰宅するだけ。


「ほれ。2人は先に」


「ん」


「うん」


 美姫に言われるまま、ミオンの手を取って乗り込む。

 ベル部長は女将さんと最後まで話してるみたいなので先に。


「兄上」


「ん?」


「姉上が昨日の夜に帰ってきておるようだ」


「え……」


 うわー、マジかー。

 いやまあ、来週にはじいちゃん家に行くわけだし、帰ってくるのは知ってたけどさ……


「優希、鈴音ちゃん、そろそろ」


「あ、はい。優希さん、また」


「ああ、いつでも来なよ」


 最後はハグしてから、乗り込むベル部長。

 伊勢家は親戚が少ないから、ちょっと羨ましい。


「じゃ、出発するよ」


 ………

 ……

 …


「美姫、そろそろ着くぞ」


「うむうむ……」


 空港からの帰り、みんな旅行疲れが来てうつらうつらしてる。

 俺もなんだけど、ミオンと美姫にもたれ掛かられちゃってて、どうすりゃいいんだっていう……


『お嬢様。伊勢様のお宅に到着します』


「ミオン?」


「ん」


 起こすの可哀想なんだけど、降りれないからしょうがない。

 対面に座っていたヤタ先生とベル部長も目を覚ましたっぽく……ニヤニヤしてるし。


『到着しました』


 すっと車が止まって、ほどなくして後部座席のドアが開く。

 美姫がまだボーッとしてるので、


「美姫、先に行って真白姉と会ってこい」


「う、うむ。うむ……」


 大丈夫か? 大丈夫っぽいな。


「じゃ、また夜に……は大丈夫?」


「はぃ。大丈夫です……」


 眠そうなミオンの潤んだ目に見つめられるとドキッとして心臓に悪い。と、いつの間にか椿さんが荷物を降ろしてくれていて、本当にすいませんって感じ。


「じゃ、お疲れ様でした」


「はいー、お疲れ様でしたー」


「お疲れ様。私は今日は休むかもって、美姫ちゃんに伝えといてくれるかしら?」


「りょっす」


 そのやりとりが終わったところで、椿さんが一礼して運転席へと。

 ドアが閉められ、その向こうから手を振る3人に手を振り返し、走っていく後ろ姿を見送った。


「ふう……」


 さて、真白姉が帰ってるってことは、家の中が荒れてそうな気がするんだよな。

 2人分のカバンを持って、玄関を入ると……


「ただいまー、って、あれ?」


 綺麗に片付いてるなと思ったら、リビングのソファーにだらしなく横になってる真白姉がいた。

 エアコンはついてるけど、Tシャツにホットパンツ一丁っていう……


「真白姉、ただいま」


「おかえり、翔太。美姫なら着替えに部屋行ったぞ」


「あ、うん。それより、昨日帰ってきたって話だけど、飯とか大丈夫だった?」


「おう、カップ麺あったしな。あと、親父が昼前に帰ってきて、また行っちまったぞ」


 そう言って手をひらひらと振る。

 なんか微妙に機嫌が悪いというか、やる気ないのは、親父と会ったからか。

 まずは荷物をおいて、洗濯は明日でいいや。俺も部屋着に着替えてこよう。


「美姫、大丈夫か?」


「うむ!」


 階段を降りてきた美姫は着替えたらスッキリしたっぽい。これで真白姉の機嫌も直るだろうし良かった良かった。

 さくっと着替えてリビングに戻ってくると、


「そういや、なんか晩飯作ってったぞ!」


「わかった」


 もう機嫌直ってるし。

 さて、親父は何を作りおいてって……ああ、マヨガリチキンか。これはレンジで温めなおせばいいだけ。ピーマンの麺つゆ漬けもあるし、あとはご飯炊けばいいな。

 しかし、見事に真白姉と美姫の好物だな……


「兄上! おやつ! 姉上のおみやげ!」


「はいはい」


 加賀銘菓と書かれたおみやげを開けると、なんかよくある最中みたいなやつ。

 これに合うのは緑茶かな。椿さんにもらったいいお茶を出そう。


「はい、これ」


 ローテーブルへおみやげとお茶を置くと、美姫がさっそくそれに手を伸ばした。

 真白姉がちゃんと座り直し、開けてくれた隣へと座る。


「金沢どうだったの?」


「おう。飯が超美味かったな!」


 シーズンさんのご実家にお世話になって、そこで日本海の新鮮な海の幸をご馳走になったんだとか。

 あちこち観光に連れまわされたそうだけど、楽しそうに話してるし、実際、楽しかったんだろう。


「向こうではIROはせなんだのか?」


「いや、やってたぜ」


 そういや、シーズンさんは『白銀の館』の初期メンバーで、クローズドベータからのプレイヤーだっけ。

 かなりのゲーマーみたいだし、かつ、お嬢様って話だし、一緒にIROできる環境を用意してくれてたんだろうなあ。


「そういや、真白姉は今、どの辺にいるの?」


「あー、南の森の方だな」


 いや、それじゃさっぱりなんだけど……

 美姫の話だと、魔術士の塔から南東方向にある、エルフ(NPC)の住む森にいるらしい。


「何か面白いものでもあったの?」


「んー、なんかよくわかんねー森なんだよな。ま、ちょっと面白え話を聞いたしな」


 そう言ってニヤリと笑う。

 美姫が聞いてもはぐらかすし、白銀の館にも秘密なのか。

 まあ、こっちも南の島のことは秘密にしてるしなあ。


「そういや、じじいんとこにはいつ行くんだ?」


「月曜からだけど、あ、ミオンも一緒だから」


 2泊3日で水曜には戻ってくる予定。

 ミオンもそれぐらいだったら、田舎の生活も楽しめるだろうし。


「ふふん、ちゃんと大事にしてんじゃねーか」


「ちょっ!」


 ガバッとヘッドロックを決めて締め上げられるんだけど、いつもより随分と緩い。

 これはかなり機嫌がいいっぽいな。

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