第443話 お近づきの印です

 空港を出ると、南国特有の風が肌を薙いだ。

 いや、南国なんて初めてだし、特有のっていうのも、IROの南の島と似てるなあってぐらいなんだけど。


「今日はいいお天気ですねー」


「去年は到着した日は土砂降りだったのよ」


「ふむふむ。まあ、天気に関しては、我が晴れ女であるので問題なかろう!」


 そう胸を張るんだけど、本当にそうなんだよな。

 美姫の入学式とか卒業式とかで雨だったことがないし。


「?」


「そうだね。どうやって移動するんだろ?」


 ヤタ先生とベル部長について行くしかないんだけど、オートルートバスが並ぶバス停を通り過ぎ……


「ようこそお越しくださいました。今年も当宿をご利用いただき、ありがとうございます」


「こちらこそですー。今年もよろしくお願いしますー」


 なんか小麦色の肌でムキムキなお兄さん。いや、おじさん? 近づくと思ったより白髪が目立つけど、ナイスガイって感じの人。


「鈴音ちゃんも久しぶりだな」


「お久しぶりです。おじさん。えっと……」


「電脳部の一年で伊勢翔太です」


「ぃ、出雲澪です……」


「翔太の妹の美姫です」


 まずはちゃんと自己紹介なんだけど、ベル部長が叔父さんって言ってたってことは、この人が……


「ヴィラ・ツカサヤーのオーナー、司野つかさやたけしだ。ショウ君、ミオンちゃん、セスちゃんよね? よ・ろ・し・く♪」


 とウインク一つ。


「叔父さん……」


「あっはっは! あのノリはゲームの中だけの方がいいか?」


「私が疲れるので、そうしてください……」


 げんなりして答えるベル部長。

 ゴルドお姉様で間違いないみたいだけど、あのノリはゲームの中だけなんだ。いや、それはそれですごいな。


「さて、立ち話もなんだし、さっそく宿へ案内するよ。荷物はこっちへ積んでくれるか」


 バンのバックドアを開けてくれたので、みんなの分の荷物を積み込む。

 オーナーさんも手伝ってくれたんだけど、


「いやー、リアルのショウ君に会えて嬉しいよ」


「え?」


「IROでは会えそうにないだろ? 鈴音から有望な新入部員が2人も増えたとは聞いてたけど、それがまさかショウ君とミオンちゃんだとは」


「あはは……」


 オーナーさん、ゴルドお姉様はベル部長の身内だしというのもあり、俺とミオンのことは伝えておいてもらった。さすがに合宿の間、ずっと隠し通すのも窮屈だし。


「じゃ、乗ってくれ」


「はいはい。みんなは後ろに乗ってくれるかしら」


 ベル部長は助手席に乗るらしく前へと。

 ヤタ先生と俺たちは二列ある後部座席にそれぞれ分かれて乗り込む。


優希ゆうきさんはお元気ですか?」


「ああ、もちろん。みんなが来るのを楽しみにしてたよ」


 身内らしい、気安い感じの会話を聞きつつ、車は幹線道路へと入る。

 そして、しばらく進んだあたりから左右に広がるのは、


「おお、すげえ、サトウキビ畑。ミオン、ほら!」


「わぁ……」


「おおー!」


 ミオンも前の席の美姫も窓の外を見て驚いている。

 で、ベル部長はというと、


「見ただけでサトウキビ畑ってわかるの、おかしくないかしら?」


「さすがショウ君だな!」


 すいません。

 南の島を探索する話があったので調べてただけです……


 ………

 ……

 …


「優希さん!」


「いらっしゃい! 今年も来てくれて嬉しいよ」


 オーナーの奥さん、ベル部長にとっては義理の叔母になるのかな。

 ずいぶんと仲が良いようで、さっそく話し込んでいる。


「荷物は部屋に持っていっておくから、あとで確認してくれ」


「あ、はい」


 空港から10分弱で宿に到着したんだけど、そこにあるのは民宿というよりは別荘。

 想像してたのと全然違ってる豪華さで、俺もミオンも美姫もびっくり……


「えーっと?」


「この一棟まるまるですよー」


「マジっすか……」


 俺たちが驚くのを予想してたのか、ヤタ先生からフォローの説明が入る。

 このヴィラ・ツカサヤーは元々ちょっとお高い宿で、著名人がお忍びで来るようなところらしい。

 それもこれも、もともとは劇団員だったベル部長の叔父さんが、当時のオーナーの娘さん、今の奥さんに惚れ込んで婿養子に入ったんだとか。


「なんか、がっつりと内輪な話をされた気がするんですけど、それっていいんです?」


「かまいませんよー。そのうち両方から惚気られますからー」


「ほ、ほう……」


 美姫が珍しく引いている。

 ちなみに、ダイビングのライセンスは三日ほどで取れるそうなので、希望があればオーナーが教えてくれるんだとか。まあ、それはいいか……

 そんな話をしていると、ベル部長と女将さんでいいのかな、話も落ち着いたらしい。


「ごめんね、ついつい鈴音ちゃんと話し込んじゃって。私がここの女将で司野優希。わからないことがあったら、なんでも聞いておくれ」


 そう言って部屋というか、家に案内してくれる。

 なかなか……恰幅のある、頼もしい感じの女将さんだけど、ゲームとかには詳しくない感じかな?

 その辺は今のオーナーに任せきりみたいなことを話している。


「さあ、ここだよ。荷物は旦那が運んであるから確認しといておくれ」


「ありがとうございますー」


 めっちゃ広いリビングで、その隅に荷物がまとめられている。

 寝室は2部屋あって、それぞれベッドが2つずつ。俺と美姫、ミオンとベル部長に分かれることに。

 ヤタ先生はリビングのソファーが、ソファーベッドになってるらしいので、そこでということになった。


「ところでお昼は食べたのかい? 前は食べてなかったよね?」


「甘いものを少し食べたぐらいですー」


「あ、そうだった!」


 お昼は機内でアップルパイを食べただけ。

 ベル部長もヤタ先生も夕飯が豪勢なので、昼は控えめにしておいた方がいいというアドバイスがあったので。

 で、それはいいとして、ちゃんとお土産というかお世話になるので、


「ショウ君。これです」


「さんきゅ」


 ミオンが先に気づいてくれて、荷物の中からアップルパイが厳重に包装された折り箱を取り出してくれた。(ちなみにこの折り箱はUZUMEに送られた、お高いお菓子の空き箱だったりする……)


「手作りで申し訳ないんですけど、アップルパイを作ってきたので」


「あらまあ! ありがとうね!」


「おお? ひょっとして、ショウ君の手作りか?」


 いつの間にか現れたオーナーさんがめっちゃ食いついてるのは、やっぱり俺たちのライブを見てくれてるからだろうなあ。


「え、ええ……」


「それは間違いなく美味しいに違いない! 優希、お茶にしよう!」


「何言ってんの! 鈴音ちゃんたちが海を見に行くって言ってんだから、ちゃーんと案内してきな!」

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