月曜日

第442話 本音と建前

「荷物はこちらで」


「ありがとうございます」


 いつもの駅の向こう側。

 毎週日曜に迎えに来てくれる車止めに、いつものすごい車で待ち構えてくれていた。

 荷物はトランクに入れるんだろうし、手伝おうと思ったんだけど、後部座席の扉が開き、


「ショウ君、セスちゃん」


「ほれ、兄上。はよう乗らんか」


「おいおい……」


 いや、俺は椿さんが荷物を積み込んでくれるのを手伝いたいんだけど……


「ん」


「あ、はい」


 美姫に押され、さらにミオンに手を取られ、引っ張り込まれてしまった。で、美姫は向かい側の席にどっかりと腰掛ける。


『それでは出発します』


 あっという間に荷物を積み込んだのか、スピーカーを通して椿さんから声が掛かり、スーッと車が動き出した。


「車は美杜まで行くのか?」


「いや、目立ちすぎるだろうし、駅で待っててもらうよ。美姫も乗ったまま待っててくれ」


「ふーむ。来年通う学舎を見ておきたかったが仕方ないのう」


 そう言ってごろんと横になる。

 今日、寝起きが良かったのは、まさか昨日は寝てないとかじゃないだろうな……

 いつもとは少し違った視点からの景色を眺めていると、あっという間に見覚えのある駅が視界に入った。


『到着します。む、熊野先生と香取様がおられますね』


「え?」


 どうやら駅でもう待ってたみたいなんだけど、俺たちに言ってた話と違うような。

 まあ、俺たちも暑い中、学校まで歩かなくていいのは助かるんだけど。


「おはようございますー」


「おはよう。……聞いてはいたけどすごい車ね」


 ドアが開いて、入ってきた2人が向かい側へと座り、美姫が俺の隣へと移る。荷物はやっぱり椿さんに任せたらしい。

 ベル部長もこの高級車に驚いてるようだけど、やっぱり先にミオンのことを知ってたからか、意外とあっさり受け入れた模様。

 いや、それはいいんだけど、


「えーっと、部室からスタートだったような?」


「ということにしておきたかっただけですー」


「はい……」


 ベル部長が苦笑いしつつ説明してくれたんだけど、学校に提出する書類ではちゃんと揃って部室スタートになってて、建前上のことらしい。


「先生が部室で待ってて、私が来たのでそのままね。部室からここまでの道で入れ違うこともないでしょう?」


「そうっすね。まあ、暑い中、歩かなくていいのは助かりました」


「ですですー」


『それでは出発します』


 空港までは1時間弱。

 そうだ。まずは昨日アズールさんと話したことを、ちゃんと説明しとかないとだよな。


 ………

 ……

 …


「ショウ君、大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫……」


 ちょっとこの大きな鉄の塊が、本当に空を飛ぶのが疑問に思ってるだけだから……

 隣に座るミオンに手を握ってもらってるんだけど、反対隣では美姫が笑いを堪えてる。


「ちょっと苦手なぐらいだと思っていたのだけど……」


「意外な弱点ですねー」


 後ろの席からの声はスルー。

 それよりも、覚悟は決めたのでさっさと離陸して欲しい……


「む? ほほう……。ほれ、兄上、これを見よ」


 そんな余裕はないんだよ! と叫ぶわけにもいかず、目の前に差し出されたタブレットに目を向けると……


「え? 無人島スタート終了?」


 その言葉に反応して覗き込んでくるミオンなんだけど、ちゃんと席に着いておかないと危ないんじゃないの? って、まもなく離陸するので、シートベルトを確認しろってアナウンスががが……


「そのまま預かってもらえるか」


「はぃ」


 目の前でタブレットが行き来されるけど、俺はとりあえず目を閉じる。

 じっくりと体にかかるGが増していき、やがていつも通りになって、どうやら無事離陸したらしい。

 一度飛んでしまえば、まあ、うん。あと飛行機事故で多いのは、離陸と着陸って聞いたし……


「ショウ君」


「あ、うん」


 手渡されたタブレットには、IROのアップデートの予告? それが載っていて、


「ああ、8月末で無人島スタート終了なんだ」


 なんで急にって感じでもあるけど、ちゃんとその理由も書かれていて、無人島スタートからの諦め放置ユーザーが多いせいらしい。

 今はもう無人島スタートできる島が少ないんだろうなあ。

 だからと言って、無人島関連の褒賞SPも無くなるわけでもないとのこと。

 外洋航海できる船でその島を発見すれば、当然、無人島発見の褒賞が手に入るんだとか。


「そういえば、前に『白銀の館』で新しく港町を作るとか話してたけど、あれってうまくいったのか?」


「うむ。そちらは、ほぼ形になりつつあるの。ただ、アミエラ子爵の領地ばかり増えても問題があるということで、新たな男爵家の領地となる予定よ」


 美姫の話だと、王都にいる法服貴族で若くて優秀な人が選ばれるそうだ。

 まあ、実際にはもうほぼ決まってる人がいて、ベル部長もアミエラ子爵も交えて面通し的なものも終わってるとのこと。


「造船の方は港町がうまく回り始めてからかの。まずはナット殿がおる、王国南西部との交易を成り立たせたいところよ」


「釣りをメインにしているユーザーも増えてきてるわ。釣り場の混雑解消という意味でも期待されてる場所よ」


「おお……」


 IROでの釣りが、リアルで釣りに行けない人たちの憩いの場になってるって話だっけ。

 うちのじいちゃんもそうだったけど、釣り道具って結構たくさん種類があるし、そういう人たちが住む港町っていうのも面白そう。


「そういえば俺、トゥルーたちに出会ってから釣りしてないな。釣りスキル取ったのに……」


「ぁ……」


 釣り逃したラティオをトゥルーが捕まえてくれて、そのあとはずっとセルキーたちに任せっきりになってるんだよな。釣り針引っ掛けたらって思っちゃうし。


「川釣りでもいいんだけど、かご罠で取れたりしてるせいか、釣りしようって感じにならないんだよな。なんでだろ?」


「それはー、魚を獲る事を漁だと考えているからでしょうねー。娯楽だと思えば釣りをしようという気になると思いますよー」


 ヤタ先生からおっとり鋭い指摘が……


「今日はちゃんと楽しみましょうねー」


 隣でミオンがうんうんと頷いてて、俺ももちろんそのつもりなんだけど、一応、合宿なんじゃっていう。


「そういえば、今日の予定って空港着いてから宿へですよね?」


「そうですよー。まずは宿に荷物を置いてー、近くの海岸へ行ってみましょー」


 海、綺麗だろうし、楽しみだなあ。

 そのあとは戻って宿のPCパーソナルコアとVRHMDを繋いで、動作確認とかをするらしい。


「夕飯も期待していいわよ」


「先生はお酒をいただきますのでー、皆さんは好きに遊んでくださいねー」


 あ、はい……

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