日曜日

第391話 女神の収録

「ショウ君」


「うん」


 手を繋いで収録現場へのポータルをくぐる。


「こちらへ」


 先に入った椿さんが案内してくれてるんだけど、場所としては廊下なのかな?

 そこをまっすぐ進むと、右手に『ミオン様』と書かれた控え室が。


「収録開始までこちらで待機になります」


「ん」


 ミオンに手を引かれて、高級そうなソファーに並んで腰掛ける。

 前にあるローテーブルには今日の台本が置かれてるんだけど、


「そちらの台本はショウ様用です。収録中はこちらからスタジオの様子をご覧いただく形になります」


「なるほど」


 バーチャルスタジオでの収録。本物の(?)収録を見るのは初めて。

 一応、どういう手筈なのかは聞いていて、ミオンは背景なしの場所で朗読と演技、そして一曲分の歌を収録するそうだ。

 ちなみに、このあとその朗読や演技を指導する人が来るらしい。

 ミオンは全然緊張してないのか、手元で昨日のアーカイブを確認してる。


「何か気になることある?」


「ん、お料理の短編」


 ああ、ライコスジュースとか短編にするんだ。

 昨日はあのあと、スウィーとパーンたちで作ったジュースの試飲会に。

 キューカ(きゅうり)のジュースにグリーンベリーを絞ったのが美味しかったり、盛り上がってるうちに時間になっちゃったっていう。


「来られたようです」


「っと」


 ミオンとソファーを立って迎える。

 入ってきたのは、女性3人。ミシャP、GMチョコともう1人が演技指導の人?


「今日はよろしくお願いします。えっと……」


 ミシャPからそれぞれの紹介が。

 そういえば、ミオンはGMチョコとは会ったことないよな。

 で、もう1人の金髪女性、伊藤ジャスミンさんが演技指導とのこと。


「ょ、よろしくお願いします……」


「それではこちらへ」


 ミオンはまず着替えとのことで、椿さんと共にGMチョコについていく。

 バーチャルにいるんだし、アバター着せ替えですぐかと思ってたんだけど、ミオンの体に合わせた一品物らしい。

 なんで、最終調整が入るとのことで、更衣室(?)へと。


「では、私は先にスタジオで準備を」


 と伊藤さんが退出。

 残ったのは俺とミシャPだけなんだけど、


「えーっと、ショウさん。先日お話した次のアップデートでのPV採用可否の件なんですけど……」


「あ、それなんですけど、都度確認にするつもりです。基本的にはOKですけど」


 転移魔法陣を使って本土に行けることは隠しておきたい。少なくとも死霊都市にあるやつを回収するまでは。

 とはいえ、全拒否にすると、それはそれでいらない反感を買うかもしれない。

 ミオンと話して、今までのPVぐらいまでは許容しようってことに。公式に翡翠の女神になるわけだし……


「ありがとうございます! 正直、全拒否されたらどうしようかと……」


「いや、他にもいいシーンあると思うんですけど。無人島スタートなら、天然ラムネさんが増えましたし」


「それはそうなんですが、撮れ高スコアはショウさんのゲームプレイがダントツで……」


 撮れ高スコアってなにそれ? しかもダントツって一体……

 ミシャPがめっちゃホッとしてるから、聞きづらいんだよなあ。


「お待たせしました」


 椿さんの声が聞こえて更衣室の方を見ると、そこには翡翠の女神の衣装を着たミオンが……


「?」


 何か言葉が俺の耳を素通りしていった。

 目に映る姿に完全に意識を持っていかれて……


「ショウ君?」


「あ! ああ、ごめん! ミオンが綺麗すぎて、ちょっと言葉が……」


「ぅぅ……」


 照れて俯く姿がまた可愛くて……ちょっとこれヤバいんじゃないか?


「こほん。……そろそろよろしいでしょうか?」


 と生暖かい目のGMチョコ。

 ミシャPもニヤニヤしてるし……


「すいません。えっと……」


「いってきます。見ててくださいね?」


「うん」


 ………

 ……

 …


「お疲れ様でした」


 収録はつつがなく終了。

 翡翠の女神による神話の朗読、ラストの歌も数テイクでオッケーが出た。


「衣装はこのまま持ち帰っても?」


「はい。所有者キーを渡しておきますね」


「アバターを更新した時にサイズが合わないようでしたらお伝えください。こちらで修正しますので」


 ミシャPとGMチョコから。

 この翡翠の女神の衣装デザインの著作権はIRO運営、つまりSES(六条ソフトウェア)のままなので、改変ができる製作者キーを持っている。

 そして、世界で一つしかない所有権をミオンが持つことになる。


「次のお仕事はいつ頃になりそうでしょうか?」


「今回の反響を見てではありますが、IROのアルバムを出したいという話がSEE(六条エンターテイメント)から来ていますので、おそらく8月下旬ぐらいかと。夏休みの方がいいですよね?」


「はい」


 そう答える俺と頷くミオン。

 二学期が始まっちゃうと土日か祝日って話になっちゃうからなあ。


「その時にはショウさんに演奏してもらうかもしれません」


「え?」


 その話、マジなんだ。

 ミオンは嬉しそうにしてくれるけど、俺が演奏するって音ゲーになってないと無理なんだけど。

 今日はアカペラで、それでも十分すごかったんだけどなあ……


「それでは、次もよろしくお願いしますね」


「よろしくお願いします……」


 ………

 ……

 …


「ふう」


 現実へと戻ってきて目を開ける。

 いつも持たされてる枕は今日はない。なぜなら、


「ん」


 ミオンが俺の手を握っているから。


「お疲れ様」


「ショウ君。ありがとう」


 ぎゅっと握られるとドキドキするので心臓に悪い……

 時間は午後5時を回ったところか。

 ミオンの初仕事と、美姫が柏原家と外食ってことで、今日は雫さんがご馳走してくれるらしい。

 といっても、雫さんが作ってくれるわけじゃないし、ミオンのチャンネルで稼いだお金でお高いお寿司をとってくれるんだとか。


「えっと、一応、ちゃんと仕事終わったって、雫さんに報告しないとだよな」


「ん」


 コンコンとドアをノックする音がして、椿さんの声が。

 そのまま入ってきて良さそうなんだけど、ちゃんとミオンが許可するまで入ってこないんだよな。


「社長がお待ちです。リビングへ」


「あ、はい」


 それはそれとして……

 ミオン、そろそろ手を離してくれてもいいんだけど?

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