第351話 女神様のおかげ

「ヂヂイイイィィ!」


 最初に見た大きなボリゼラットが、土壁を壊そうと空いた穴へと前足を突っ込んできた。

 もちろん、それを見逃すわけもなく、茨の蔓がその前足に絡みつく。


「ちょっと下がろう」


「ワフ!」


 盛大に暴れだしたせいで、土壁がぼろぼろと崩れ落ちていく。

 茨のおかげで強度が上がってるけど、このままいけば……


「うわっ!」


 土壁が大きく破壊され、飛び散ってくる破片。

 茨に拘束されたまま無理やり穴をこじ開けたせいで、ボリゼラットは傷だらけになっているが、


「ヂイイィィィ!」


 激昂してしまっていて、逃げるという選択肢はないらしい。

 血走った目と荒い鼻息が狂気じみているが、冷静に対処すれば勝てるはず。


「ヂイッ!」


 ジャンプしての噛みつき攻撃を円盾で弾き返したんだけど、着地と同時に、今度は後ろにいたパーンに飛び掛かる!


「やばっ! いっつ!」


 咄嗟に出した右手にピリッとした感覚が走り、思わず剣鉈を落としてしまう俺。


「こいつっ!」


 噛みついたまま離れないので、赤鎧熊のグローブごと放り上げる。

 その着地を狩るようにロイの前足の振り抜きがヒットし、ボリゼラットを廊下の壁へと叩きつけた。


「ヂィィィ……」


 ふらついた足取りながらも立ち上がり、不快な鳴き声はやめない……


「根性は認めるけどな。<加重>」


「ガウッ!」


 加重の魔法で抑え込まれたところにルピのクラッシュクローがヒットし、二、三度痙攣して……動かなくなった。


【キャラクターレベルが上がりました!】


「ふう……」


 気配感知に不明なものはなく、思わず尻餅をついてしまう。

 HPのダメージは噛み付かれたぐらいで微々たるもの。スカーフのおかげか悪疫状態にもなっていない。

 それよりもMP使いすぎだ。土壁に茨、石礫を何度も打ったし、加重はやっぱり消費がでかい。


「ワフ」


「「バウ」」


 レダとロイに警戒を任せたルピが、マナエイドでMPを分けてくれる。

 これで4割ぐらいまで戻ったかな? あとは回復が早いから大丈夫だと思う。


『大丈夫ですか!?』


「あ、うん、大丈夫大丈夫」


 やべ、ライブなの忘れてた……

 剣鉈とグローブを回収しないと。


【キンコン】「<レベルアップおめ!:1,000円>」

【デイトロン】「<祝、勝利&レベルアップ!:10,000円>」

【シェケナ】「<レベルアップおめでと〜♪:500円>」

【ヨーコソ】「ボリゼラットに触れたものは洗うか浄化がいいですよ」

 etcetc...


 コメント欄をちらっと確認。

 うわ、確かに円盾にもグローブにもあいつの血がついてて……悪疫状態を引き起こしそうで怖い。えっと……


「パーン、スウィー、ラズは大丈夫?」


「リュ!」「〜〜〜♪」「クルル〜」


 3人とも問題なさそうかな?

 で、このネズミの死骸だらけなのをどうにかしないと。


「パーン、扉開けてくれるかな? こいつらは外で処分しよう。あ、汚いから手で触らないようにね?」


「リュ!」


 裏口を出たところの脇に穴を掘って、そこへ放り込んでもらうのでいいか。

 大きいやつは俺が解体して、皮、肉、骨、全部捨てる。魔石のサイズは中でレッドアーマーベアと同じか。


「まあ、デカいネズミだったし……」


『そのサイズのボリゼラットは珍しいそうですよ』


「なるほど。この屋敷の主だったのかな?」


 だとすると、他にモンスターはいないことになりそうだけど。

 土壁の残骸は今はいいかな。それよりも、


「ルピ、レダ、ロイ、順番においで」


「ワフ」「「バウ」」


 ボリゼラットを攻撃した3人の足を水の精霊にお願いして洗う。神聖魔法で浄化も掛けて、乾燥で軽く乾かして、これで万全のはず。

 あとは円盾とグローブも同様に洗って、浄化を掛けて、乾かして……あれ? 俺が神聖魔法使えるのって話してなかったっけ?


「ふう、これでオッケー。時間はまだ大丈夫?」


『はい。今9時を回ったところです』


「りょ。先へ進むよ」


 ………

 ……

 …


「これで魔導扉が閉まってる場所以外は全部まわったかな」


『そうですね。部屋がどれも大変なことになってましたが……』


「まあ、あのネズミのねぐらだったっぽいし、しょうがないかな」


 厨房を出たあとは、お手洗い、浴室、一人部屋、テーブルだけの部屋、正面ホール、書斎(本は無し)、応接室、寝室、バー(?)、食堂と一通り確認。

 応接室にはなんとピアノが……


「ピアノなんて絶対に弾けないと思うんだけど」


『演奏アシストがあれば大丈夫ですよ!』


「壊れてたの直せたらね……」


 ピアノなんて複雑なものをプレイヤーが直せるんだろうか。

 残りの開いていない扉は二箇所でどっちも魔導扉。多分、祝福が必要なやつなので後回しにしてある。


【シュンディ】「家具もあちこち齧られてたねえ」

【ケダマン】「掃除したくなる……」

【ヒエン】「扉開けよう!」

【ルネード】「屋根直してお引越し?」

 etcetc...


 寝室と正面ホールにあたる部屋の屋根が、ネズミにやられたせいなのか大穴が開いていて、そこから吹き込んだ雨で床はどろどろという……

 引っ越しするにしても修理して、掃除して、そもそもセーフゾーンじゃないしなあ。


「あとは開いてなかった扉二つだけかな。時間大丈夫?」


『あと5分ちょっとしか……』


「じゃ、15分延長して、そこで終わりで」


『はい!』


【キンコン】「<延長感謝!:1,000円>」

【ファンタス】「<延長いただきました♪:500円>」

【マルッチョ】「気になって夜しか寝られないところだったw」

 etcetc...


 今いる正面ホールに近い、小さい魔導扉の方からにしよう。

 一通りまわってボリゼラットの残党はいなかったけど、


「ルピ、見張りよろしく」


「ワフッ!」「「バウッ!」」


 正面玄関をルピ、裏口方面をレダ、勝手口方面をロイが見張る形でスタンバイ。

 スウィー、パーン、ラズには俺の後ろで待機しててもらう。


「じゃ、開けるよ」


 片側、右開きの魔導扉に手を掛け、権限確認とかは出なくてほっとする。

 いつものやりとりをして、手前に扉を開けると……


『あ……』


 綺麗な台の上に乗っているのは、見覚えのある名も無き女神像。


「祭壇かな。家庭用の祭壇とかそういう感じ?」


【ピューレ】「死霊都市で見たことあるやつ!」

【ルマミール】「もう既に懐かしい」

【アマツノユ】「翡翠の女神像にしましょう♪」

 etcetc...


 なるほど。

 あの広い死霊都市で、この祭壇がある家を探してたりしたのか。


「えーっと、いい?」


『はい!』


 まあ、もうライブで一回やったし、今さらではあるけどさ。

 台の上にある像を手に取って、MPを注ぎ……


「うん、オッケー」


【セーフゾーンが追加されました】

【住居の追加:SP獲得はありません】

【マイホーム設定が可能です。設定しますか?】


 ああ、一応、これで屋敷はセーフゾーン扱いになるのか。

 とりあえず、今すぐここをマイホームにするつもりはないので、いいえと答えておく。


『おめでとうございます!』


「さんきゅ。まあ、ミオンの、女神様のおかげってことで」


【スイフト】「ぐはっ……(吐糖)」

【クラスケ】「甘い! 甘いぞぉお!」

【シェケナ】「ニヤニヤ(・∀・)」

【デイトロン】「<甘味代♪:5,000円>」

 etcetc...


 甘味代って……

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