土曜日
第331話 初顔合わせ
「ちわっす」
『ショウ君』
「お待ちしておりました」
土曜のお昼。いつものバーチャル部室ではなく、ミオンのスタジオに来た。
時間は午後1時半。2時からIROの運営というか営業さん? ともかく、ミオンに翡翠の女神のイメージキャラをお願いしたい先方との顔合わせ。
「ショウ様。そのままの衣装のおつもりですか?」
あ、いつものノリでIROのアバター衣装のままだった。
「えっと、この服だとまずいです?」
「はい。多少フォーマルな衣装をお願いします」
椿さんの目がマジなので、ちゃんと着替えないといけないらしい。
ミオンはというと、ライトグリーンのノースリーブドレスにシルバーのストールを身につけていて、すごく似合ってる感じ。
椿さんが選んだのかな? うん、あの隣にこれはないな……
『ショウ君。スーツにしませんか?』
「いや、スーツは恥ずかしいから勘弁して……」
アバター衣装に『フォーマル』と入れて検索……スーツばっかりになるな。えーっと『セミフォーマル』だと?
「……このセット衣装でいいか」
白のTシャツに黒のジャケット、ブラウンのトラウザーといういかにもな感じので。
「これでいいです?」
『っ!』
ミオンがなんか驚いてるけど、そんなに変だったかな。
もう少しマシな感じのを選ぶべきなのかと悩んでると、
「お二人で並んでいただけますか?」
「え、あ、はい」
そう答えると、ミオンがすすっと隣に。
ああ、並んで違和感がないか確認ってことか。
「はい。とてもお似合いですよ」
問題ないらしいので、購入ぽちっと経費で落としてもらうことに。
とりあえず、2時まではまだ時間があるので、しばらくは待ちだよな。
ミオンに手を引っ張られてソファーへと座ると、対面に座った椿さんからメモを渡される。
「これは?」
「本日の顔合わせでのアジェンダになります」
「なるほど」
俺が受け取ったメモをミオンも覗き込む。先に見てたわけでもないらしい。
中身は今日話し合う内容の一覧。とはいえ、顔合わせなので大したこともないんだけど。
「こちら側の条件は既に伝えてあります。その上で顔合わせということですし、向こうから厳しい話が出るとは思えませんが」
「了解です」
こっちの条件で特別なのはミオンが言ってた『ミオンのゲームプレイを勝手にPVに採用しないで欲しい』って件ぐらいかな。
あとは高校生なのでイメージにそぐわないような役は演じない事と、歌に関しては別途曲ごとに契約をするとかそういう一般的なやつ。
「ミオンは歌うのは乗り気な方?」
『はい。できればショウ君が演奏してくれると嬉しいですけど』
「ま、まあ、それは向こうがそういうなら頑張るけど……」
PVとかならちゃんと演奏してくれる人がいると思うんだけどなあ。
そんなことを話していると、
「招待が来ました。準備はよろしいですか?」
「は、はぃ……」
「了解です」
合成音声をオフにしたミオン、流石にちょっと緊張してるかな?
俺は付き添いってだけだし、緊張も何もないんだよな……
「手、繋ぐ?」
美姫が小さい頃、よく手を繋いでやってたけど、結構落ち着くらしいし。
「ん」
「あ、うん」
……
指を絡めて握るのはちょっと違うと思うんだけど?
………
……
…
「ようこそおいでくださいました。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
場所はごく一般的なバーチャル会議室という感じの部屋。
入ったところで、丁寧に出迎えてくれたのは、スーツ姿の年配の女性。雫さんよりも年上かな?
「私、六条グループ、Six Elements Entertainmentの社長をしております、佐藤琴乃と申します」
は? 社長? と思わず声に出そうになってグッと我慢。
ミオンも驚いてるようだけど、椿さんは平常運転……
一通り挨拶が終わったところで席に着いたんだけど、
「まずはお詫びを。本日、SESの山﨑も同席予定なのですが、前のミーティングが押しているようで、途中参加になりそうとのことです」
「承知いたしました」
山﨑ってミシャPだっけ?
IRO運営の人が誰かいるんだろうと思ってたけど遅刻なのか。
「それではまず、秘密保持契約についてですが……」
難しい話が始まって、書類を渡される。
これは前もって渡されてたやつで、俺も目を通してはいる。
要するに仕事上で知り得た機密事項は口外しませんよとかそういう契約で、一般的なものらしい。
ミオンが何かしらPVに出演するとなった場合、先にそのPVがどういうものなのかは見ることになるわけで、それに未発表のアレコレがあったりすると……っていう。
ライブでポロっと漏らさないように気をつけないとなあ……
「あ、山﨑が来ましたね」
佐藤さんの言葉と同時に部屋の扉が開き、いつぞや見たミシャPが現れた。
「遅刻してしまってすいません!」
深々と頭を下げたのち席へと着く。
めちゃくちゃマイペースな感じの人だな……
「どこまで話しました?」
「NDAの話までですよ」
「了解です。えっと、じゃ、まずはいただいていた要望の話について説明しますね」
そう言って話されたのは、ちょっと、いや、かなり驚きの内容だった。
ミオンのゲームプレイだけPVに収録されないという条件だけど、全プレイヤーが同じようにPV収録の可否を段階を分けて設定できるようにアップデートするらしい。
全オッケー、都度確認、全拒否の3パターンで、利用規約ごと変更するんだとか。
ちなみに全オッケーにした日数に応じて月額に割引をつけるらしい……
「じゃ、ミオンはそれを全拒否にしておけば大丈夫ってことですか?」
「はい。アプデ後のログイン時にどれかに設定するようダイアログが出ますので。あ、もちろん、後から切り替えも可能ですよ」
思わず素で聞いちゃったけど、きっちり丁寧に答えてくれるミシャP。
俺もいろいろやらかすことを考えると、全拒否にしておくべきなのかな……
「あ、できればショウさんには全拒否しないでもらえるとありがたいんですが」
「え?」
「それは別途、ご契約いただく方が良いかと」
と、すかさず椿さんがフォロー。
「こ、今回のミオンさんのお話とは別ということで……持ち帰らせてください」
マジか……
「山﨑さん、話を戻しても?」
「あ、はい。あとは基本お任せします」
そこから先はイメージキャラクターとしての仕事内容の説明が続き、どれも想定の範囲内だったし、こちらの要望も全部受け入れてくれるとのこと。
「最後になりますが、IROの楽曲を歌っていただき、SEEからリリースしたく思っています」
「は、はぃ……」
ちょっと小さいけど、ちゃんと自分の声で返事するミオン。
「そのあたりの今後の予定を伺っても?」
「その話は山﨑の方から」
「早速なんですが、次の魔王国アップデートPVでお願いしたいですね」
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