閑話:氷姫アンシアの誤算

 セピアエルフの女を先頭に、ネメアとアンシアが並び、鬼の男が後ろを守っている。

 魔王国の王女の護衛二人、当初はアンシアを警戒していたが、今はそういう雰囲気はない。

 おそらく、警戒するほどの強さもないと思われているのだろう。

 

「アンシアちゃん、南側はどうなってる思います?」


「わかりません。教会の地下に気づいてるかどうかも」


 王女ネメアの気安い問いかけに、アンシアが丁寧に答える。

 そもそも魔王国との間での約束は、

 ・魔王国の街、ウェラボから死霊都市へのルート開拓

 ・死霊都市東側にある教会、および、その地下から中心部へとつながる通路を確保

 の二点。


 死霊都市へのアプローチに、魔王国側からという新たなルートが作られたのは想定通り。

 アンシアが治める共和国南部への直接的な利益はないものの、噂されている魔王国アップデートに備えた、上層部とのコネづくりになる。

 教会の地下通路の存在については、秘匿するように言われていたため、このことを知っているのはアンシアと側近数名だけだ。

 ただ、実際に確保にあたる実働部隊は、魔王国側が推挙した人物ということで、アンシアが口を挟む余地はなかった。

 魔女ベルが行動をともにしている『白銀姫セス』の姉だという話を聞いて、少し面白そうだと思った程度だ。

 その実働部隊はあっさりと教会と地下通路を確保し、アンシアの手の者が教会周辺を維持。そして今日、魔王国への引き渡しも終わった。つまりクエストは完了しているのだ。だが……


「ここです」


 セピアエルフが扉の前で立ち止まる。

 この扉を開けられるのは祝福を受けし者、つまり、プレイヤーだけだ。


「アンシアちゃん、頼みます」


「はい」


 アンシアの右手中指にはめられているのは蒼星の指輪。古代遺跡の上位管理者の権限を持つレアな指輪で、案内のため、そして報酬の一部として渡されたものだ。

 祝福と権限の両方がそろってはじめて開くこの扉は、奥へ奥へと向かうプレイヤーからは気づかれにくい場所にある。


「開けます」


 引き渡しの立ち会いに来ていたアンシアの前に現れたのは、魔王国の第一王女ネメア。

 今回の功績で魔王国の大物貴族を紹介してもらえることになっていたが、まさか王族が、しかも次代の魔王候補が現れるとは思っていなかった。

 そして、断れそうにない依頼をされることも……


「お願いします」


 解錠した扉はアンシアではなく、セピアエルフが慎重に開けて中を窺う。


「誰かいるようですね……」


「悪魔?」


「いえ、人のようです」


「こっちもバレてたんやね。まあええけど、気ぃついた人らに挨拶ぐらいはしときましょか」


 死霊都市に三箇所ある教会。

 先に様子を見に行った北西側は竜族が抑えていた。しかも、白竜姫、銀竜、蒼竜と勢揃いである。そして南側は、


「おや、上にいないと思ったら、こんなところに。お偉いさんの案内かい?」


 通路の先、部屋にいたのは完全武装の戦士4人と、商人風の男が1人。

 商人風の男に話しかけられたアンシアに一瞬だけ驚きの表情が浮かぶ。


「アンシアちゃん、知り合いなん? 紹介してくれる?」


「共和国の商人でデイトロン氏です」


「デイトロンと申します。所属上は共和国ですが、王国の西の端の商品まで扱っておりますよ」


 胸に手をあてて、深々とお辞儀をするデイトロン。その手には蒼星の指輪が見える。


「ご丁寧にどうも。魔王国の王女でネメアです。よろしゅう」


 ざわつく戦士たちだが、鬼とセピアエルフが睨むと頭を下げた。 


「さて、王女様はどのようなご用件でこちらへ?」


「探しもんです。あとは悪魔の残りがおらへんか見に来ただけですさかい。自分らは教会の方から来たんです?」


「ええ。ですが、悪魔は見ていませんね。我々もつい先程、ここに来たばかりですが……」


 その答えに鬼もセピアエルフも頷く。

 戦士たちの様子やこの部屋の状況を見て、その言葉に嘘がないという結論に至ったらしい。


「まあ、残り一匹は報告に戻ったんやろなあ」


「おそらくは」


 ネメアとセピアエルフのやりとりに頷くアンシアとデイトロン。

 死霊都市へ潜入した悪魔たちが、何かしら厄災関連を調査していた可能性が高い。

 ただ、彼らがほとんど連携して来なかったのは救いだ。それぞれが功を競い合ってでもいたのかというぐらい、バラバラに動いていた。


「ちなみにここがどういう施設か知ってます?」


「いえ、全く。先ほどから調べてはおりますが、私の知識が及ぶレベルではないようですね」


 両手をひろげ、さっぱりというボディランゲージを加えるデイトロン。


「そうなん? まあ、ここは都市の南側を管理する制御室ってとこやね。そこの空っぽになってるとこにおっきな魔晶石いれて、マナ注いだったら動きますよって」


 アンシアもデイトロンも制御室を動かせるようにするメリットを瞬時に思索。

 二人の脳裏に、現状で唯一古代遺跡の管理者となった一人のプレイヤーが思い浮かぶ……


「……それを我々に教える必要はなかったのでは?」


「どうせよそから伝わるやろし。自分はここに使うてない魔晶石あったらなあ思て来たけど、無いもんはしょーおまへん」


 魔王国が抑えている東側の制御室にも魔晶石は無かった。先ほど行った竜族が抑えている制御室にも。


「かなり大きな魔晶石が必要のようですね」


「せやねえ。現存するとして……おっと、これ以上は言うたらあかんやつです」


 そう不敵に笑うネメアだが、デイトロンは動じた様子もなく答える。


「かまいませんよ。少なくとも今の我々には手に負えないと思いますし」


「さよか。ほな、帰ろか」


 ネメアの言葉に頷く部下二人だったが、アンシアが一つ疑問に思ったことを口にする。


「あなたはどうやってここの存在に気づいたの?」


「翡翠の女神の思し召しかな」


 デイトロンのふざけた答えに、アンシアは踵を返し、ネメアたちとその場を後にした。

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