【1巻発売記念SS】魔女ベル石壁事件

 ようやっとキャラメイクを終え、降り立ったのはウォルースト王国の王都。

 Iris Revolution Online、通称IROでのプレイがここからはじまる。


 キャラビルドは「魔女ベル」らしく純魔の予定。ステータスもそちらに寄せた。

 あとはこのゲームの魔法使いの衣装がどういう感じなのかが気になるところね……


 チュートリアルに従って冒険者ギルドの建物へと来ると、そこには同様にクローズドベータを始めたプレイヤーたちで溢れかえっている。

 そして、私が「魔女ベル」だと気づいたっぽい視線がちらほらと。


「ベル!」


 突然、見知った声に呼ばれてそちらを向くと、


「え? レオナさん? クローズドベータ応募してたんですか?」


「うん」


「でも、今日って格ゲーの方のお仕事があるんじゃ?」


 フルダイブの格闘ゲームではプロプレイヤーなレオナさん。

 確か今日はそっちの定期配信の日だった気がするのだけれど……


「落ちてたらそうするつもりだったけどね。これにうかっちゃったし、あっちもちょっとマンネリだったからさ」


「それはレオナさんが強すぎるからですよ……」


「こっちでも対戦はできるみたいだし、久々にPvEのアクションもいいかなってね」


 対戦ができるといっても格ゲーとはまた別物。もちろん、PvEのアクションゲームでも抜群のセンスを見せてくれるレオナさんだけど。

 それよりも気になるのは、


「王国スタートでいいんですか? 戦闘メインなら帝国の方が良さそうですけど」


「ベルが王国で始めるって言ってたから」


 そう言ってウインク一つ。

 周りのレオナ様推しプレイヤーの視線が痛い。中にはキマシてる人もいるみたいだけど、レオナさんにとってはいつものこと。


「チュートリアルは終わったかい?」


「いえ、途中です」


「じゃ、一緒に行こう。いろいろとめんどくさく無くて済みそうだし」


「はい」


 確かに組んで動いていることで、パーティへの勧誘とか話しかけられたりする煩わしさはかなり減る。

 チュートリアルを二人で受けられるのかも気になるし、あとでレオナさんに了解をもらってから、アップする動画のネタにしましょ。


 ………

 ……

 …


「普通に剣と盾を持つのは性に合わないな……」


「レオナさんらしくはないですね」


「だよね」


 チュートリアルの模擬戦。木剣と盾で難なく相手を撃破してみせたレオナさん。

 私がかなり苦労した相手を一瞬で倒し、なんだか教官クラスのNPCを引っ張り出して、それもあっさりと打ちのめしたんだけど……

 そういえば格ゲーでも動きが早く、手数が多いキャラを使ってたわよね……


「レオナさん。私のダガーを譲るので二刀流はどうです?」


「え? いいの?」


「はい。私は魔法を極める方向で行こうと思ってますし、さっきのを見てもらってもわかると思いますけど……」


 近接戦闘職は無理ね。

 スキルレベルを上げれば、体捌きも上手くなっていくという公式の説明もあったけど、そもそも武器を振り下ろされるというのが結構怖い……


「じゃ、ダガーをもらう代わりに、魔法の道具を買う時にフォローさせてよ」


「いいんですか?」


「こういうゲームだからすぐお金は貯まると思うけど、気持ちの問題だからね」


 とまたウインク一つ。癖になってるのかしらね……


 ………

 ……

 …


 私が元素魔法の魔導書も手に入れ、レオナさんに少し足してもらったお金で短杖も買った。

 防具に関しては、今の手持ちで買うにはコスパが微妙なので見送りに。

 すぐに買い替えになるとしたら、今のこの初心者の革鎧で問題ないはず。


「少し外に出てみます? それか適当なクエストでも……」


「ベルの魔法がみたいな。ちょっと試してみてよ」


「そうですね。どういう魔法なのか知っておいた方がいいかもしれません」


 初級の魔導書のうち、街中で試せそうなのというと……<石壁>かしら。

 MPが心配だし、あんまり大きなのはダメよね。胸の高さぐらいまでをイメージして、


「行きます……<石壁>」


 うっ、結構MP持っていかれたわね……


「ベル、大丈夫かい?」


「ええ、なんとか。でも、消費MPが多いですね、これ……」


 もう一回は無理かしら。MPが底をつくとスタンするっていうし、キャラレベルを上げて最大MPを増やすか、回復手段を確立するか……


「おい! 君たち! そこで何をしてる!」


「え?」


 街中を巡回警備してる警備兵かしら?

 軽装で槍を持っているおじさん二人だけど、なんか困ったような顔で近づいてくる。

 レオナさんがちょっとピリついてるのをなだめつつ、


「すいません。魔法を試してまして……」


「いやいや困るよ。この石壁、どうやって処分するつもり?」


「処分? 消えますよね?」


「は?」


 おじさんたちの話を聞くと……魔法で出した石壁だからといって、用が済んだら消えるなんてことはないらしい……


「魔術士ギルドで教わらなかったのかい?」


「いえ、そういう話は全然……」


 その答えにおじさんたちも苦笑い。

 そして、騒動というほどでもないけど、徐々に見物人プレイヤーが集まって来てて……


「壊して街の外にでも運び出せばいい?」


「そうしてくれ。広場の真ん中にあっちゃいかんだろ」


 それを聞いて、レオナさんが石壁を壊そうとするけど……さすがにちょっと厳しいみたい。

 困った顔をした私たちに、


「しょうがない。金はかかるが石工を呼んでくるか?」


 はあ、そうするしかなさそうね……

 所持金の残りで足りるのかしら?


「おーい、見てる人たちに石工スキルある人いるかい?」


「レオナさん!?」


「工具があれば壊せるんだろうし、見物料ってことでいいんじゃないかな」


 そう言ってウインク一つ。

 生産メインのプレイヤーが数人、物は試しと石壁破壊にチャレンジくれて、なんとか解決はした。したのだけれど……


「壊した石壁の欠片が欲しいって言われるとは思いませんでした……」


「魔女ベルがはじめて作った石壁の欠片だからね。ボクも一つもらっておくことにするよ」

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