第269話 得意なこと、苦手なこと

「ん〜、こっちの海でも釣りとかしたいなあ」


 夜の部は久々に南西側の海辺へと。

 レッドアーマーベアを追いかけて、海へ飛び込んだのが懐かしい感じ。


『トゥルーくんたちはこっちには来れないんでしょうか?』


「どうだろ? 住んでるところが島の東側っぽいし、無理に来させるのもね」


『そうですね』


 セルキーたちがいるあたりは、彼らにとって安全が確保されてるんだろうけど、こっち側はそうとは限らないもんな。

 みんなでぶらぶらと歩きながら、目についたものを採集しつつ進む。

 川に仕掛けてあったかご罠は、この前作り直した時にサイズアップしたおかげか5匹もフラワートラウトを捕まえてくれた。

 今日の分はトゥルーやセルキーたちに持っていってみるかな。淡水魚は食べないってこともないだろうし。


「じゃ、俺はちょっと作業室にこもるから、ルピたちは好きにしてていいよ。でも、気をつけてな?」


「ワフン」


 ルピが返事をし、スウィーを交えて「何して遊ぼうか?」って感じが微笑ましい。

 俺は俺でちょっとやらないといけないことがある。


『何か道具を作るんですか?』


「うん。まずは銅片が必要だからそれを適当に作って、あとは魔銀ミスリルで針と鋏を作るつもり」


『あ! 裁縫道具ですね!』


「そそ。これで裁縫+1のができればベストだけど、補正つかなくても針と鋏は欲しいからね」


 ローブ、ブーツ、グローブやその他革製品は鉄の小刀で切ってたけど、布を切るなら裁ち鋏が欲しいところ。

 針なんかも前はちょっと難しいかなと思ってたけど、今ならいいやつが作れるはず。


『あの、銅片は何に使うんでしょう?』


「えーっと、染色するのに薬品が必要なんだけど……」


 布を染めるには、まず綺麗に洗って水と豆乳を混ぜたのに浸ける。

 それを乾かしてから、染料に入れて煮ることしばし。いい感じに染まったところで、媒染液につけてしばらくすれば完成、のはず。


「その媒染液っていうのが、銅を酢に浸けておけばできるんで、そのためかな。形はまあなんでもいいけど」


『すごいです。ショウ君はそれもお祖父様に教わったんですか?』


「いや、これはばーちゃんの趣味」


 媒染液は鉄やアルミもあるんだけど「緑に染めるなら銅媒染」みたいなことをばーちゃんが言ってた気がする。

 まあ、媒染液はすぐにできるわけじゃないし、豆乳も作らないとだし、のんびりやろう。


 ………

 ……

 …


「よし、できた」


 銅片は鍛治ってほどでもなく、針と裁ち鋏の方に結構時間がかかった感じ。

 針も革用の太い針はいいとして、布用の細い針は……細工の方も必要なのかな。


【最高品質の裁ち鋏】

『布・革の裁断に使われる鋏。魔銀ミスリル製で最高品質。

 裁縫+1』


『すごいです!』


「ははは……」


 裁縫スキルは7だし、これを使っても上限突破はせず。

 初めての上限突破の褒賞は欲しいといえば欲しいけど、無理して取ろうってほどでもないかなあ。

 昨日のライブで道具を魔銀ミスリルでって話をしたし、見てた人ならピンと来て動き出してそう。


「もう誰か裁縫の上限突破してるかな?」


『見てきましょうか?』


「あ、いや、いいよ。もう10時はまわってるよね?」


『はい。もうすぐ10時半です』


「りょ。じゃ、戻って豆乳だけ作るよ」


 大豆はかなり余ってるし結構な量が作れると思うけど、やっぱり問題は保存なんだよな……


 ………

 ……

 …


「あ、連絡来てる」


『昨日のお礼じゃないでしょうか?』


「確かに。アージェンタさん律儀だもんな」


 山小屋に戻ってきたら転送箱が光ってて、とりあえず裁縫道具を片付けておこう。

 針とか鋏とか出しっぱなしにして、ばーちゃんに怒られた記憶が……


「さてっと……」


 箱を開けた中身は、いつものように手紙と……えええ……


『横笛、フルートでしょうか? 小さいのでピッコロかもです』


 フルートとかピッコロとか名前は聞いたことあるけど、金属製なイメージがあって、手に取った木製とイメージがずいぶん違う……

 ミオン曰く、フルートよりも短くて高い音が出るのがピッコロらしい。両方とも分類としては木管楽器なんだとか。

 まあ、それはいいとして、


「うーん、俺、音楽は本当にダメなんだけど」


『え、そうなんですか?』


「あ、自分がって話ね。聞くのは好きだけど、演奏とか絶対に無理……」


 小中と音楽の授業が憂鬱で憂鬱で。

 音痴じゃないと自分では思ってるけど、それすら怪しい気がしてるし……


『えっと、ショウ君。とりあえず鑑定を』


「あ、うん」


【古代神楽笛】

『祭祀に奉納される神楽の演奏用に用いられた横笛。

 神聖魔法+1』


「うわあ、これもかなりの物だよな。いいのかな、これ……」


 鑑定結果だけ見ると日本っぽい感じに見えるけど、要は女神様の祭に演奏される時用の楽器ってことだよな。


『手紙の方に何か書かれてませんか?』


「ああ、そうだった、えっと……」


 手紙を開いて中身を確認。


『ショウ様


 先日は申し訳ありませんでした。

 本来であれば事前にご予定をお聞きしてから伺うところを、私がいなかったため、お姫様ひいさまが確認もとらず押しかけてしまいました。

 それにもかかわらず、女神像への対応だけでなく、丁寧なおもてなしをしていただくなど感謝に堪えません。


 ショウ様に翡翠の女神にしていただいた像を見せることで、竜人たちも女神像を変化させることができるようになり、その像を使った聖域を張ることもできるようになりました。

 あらためて、お礼申し上げます。


 今回、お送りさせていただいた笛は、以前お送りした名も無き女神像と同じ神殿にあったものです。

 竜族では扱いかねる物ではありますが、そのようなものをご希望ということですので送らさせていただきました。

 また、大きいサイズの魔導保存箱を用意できそうですので、こちらも数日中に運び込ませていただきます。


 引き続き、必要な品などもご指示いただければ用意いたしますので、よろしくお願いいたします』


 あ、向こうでも女神像にできるようになったんだ。良かった……

 それはそれとして、


「使わない物を送ってくれって言ったの俺だった……」


『ふふ、そうでしたね』


 まさかそれで一番最初に苦手なものが送られてくるとは思わなかったけど、竜族も楽器とかダメなのか。ちょっと親近感……


「ミオンは横笛吹けたりしない?」


『えっと、多分、少し練習すれば大丈夫だと思います』


「おお、すごい……」


 芸能事務所の社長令嬢だもんな。ひょっとしてピアノとか弾けたり?

 今度、それとなく聞いてみよ……

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