女神降臨

日曜日

第197話 甘酸っぱい

「なんか緊張するな……」


 駅に近づくにつれて、こんなラフな格好で良かったっけ? って気になってくる。

 それでも一番マシそうなのを選んだけど、俺もちょっと服とか買ったほうが良いのかな。


 駅を通り抜けて反対側へと出ると……やっぱりあそこか。

 ロータリの端、自家用車用の車止めに見える高級車。


「おはよ」


「ぉはよう……」


 白のワンピースにストローハットって、どこのお嬢様……だったな。

 そしてもう一人、


「ショウ様、おはようございます」


 ピシッとしたスーツ姿の椿さんが丁寧な挨拶を……

 なんというか、こっちが恐縮してしまう。ただ遊びに行くだけなのに。


「あの、普通にお願いできますか?」


 そう言ってみると、ミオンの方をチラッと見て、ミオンが頷いたのを確認して、


「了解です。ただ、もともとあまり砕けた喋り方はできませんので」


「はあ……」


 とりあえず『様』はやめて欲しいんだけど「では、何と?」とか言われそうなんだよな。

 まあ、いいや。気にしないことにしよう。


「ん」


「うん、行こうか。じゃ、……」


「はい。ご案内いたしますので、お乗りください」


 昼食を作るための食材、魚料理が希望だそうなので、駅前のスーパーにでもと思ってたんだけど?


「え? 案内ってどこへです?」


「事務所の近くにスーパーがありますので、そちらの方が良いかと」


「そうなんですね」


 じゃあまあそっちの方がいいか。たまには違う店に行ってみたかったりするし、品揃えとかも違うだろうし。

 いや、待て待て。


「今日は魚料理って頼まれてるんですけど、ちゃんとあるスーパーですよね?」


「それはもちろん」


 なら大丈夫かな。

 たまに魚売ってないスーパーとかあるから、そこだけ確認できてればいいか。


「ん」


「おけ、行こうか。じゃ、お願いします」


「はい」


 ………

 ……

 …


「……椿さん。ここはスーパーじゃないです」


「え?」


「ここはデパ地下です」


「同じですよね?」


 ミオンも「?」って顔してるし。

 まあ、生鮮食料品がちゃんと売ってるから良しとしよう。お高いけど……

 それにしても、さすがデパ地下というか、手間暇かけて作った有機野菜が並んでる。


 まずは軽く品揃えだけ確認して、個別店舗が入ってるコーナーへと。

 肉や魚はどこかで聞いたことがあるようなお店が入ってて、もちろん量り売りという怖いスタイル。


「ミオンは嫌いな魚とかない?」


 並んでる魚を前に聞いてみたけど、ミオンは首を振るだけ。

 これは「ない」じゃなくて「どれかわからない」だろうなあ。なので……


「嫌いなお寿司のネタとかある?」


「……イクラ」


「そうなんだ、珍しい。ああ、魚卵が苦手? カズノコとか」


 こくこくと頷くミオン。生臭いのに敏感な感じなのかな。

 セスもあんまり好きじゃないし、そんなに使ったことないから良かった。

 まあ、イクラとかってイクラ丼ぐらいしか思いつかないけど……


「ん」


「ああ、アジね。おっけおっけ」


 お昼だし、あんまりガッツリしたものより、あっさりしたアジがいいかな。

 昨日のごま油と塩はちょっと手抜きっぽいし、アジで焼き物とカルパッチョでいいか。


 椿さんもいるし、ミオンのお母さんもいるだろうし6匹ぐらい?

 おろしてくれるそうなのでお任せ。自分でもできるけど、やっぱり上手い人に任せるのが一番。

 アジは切り身で400gちょいになったし、それに合わせて野菜を買わないと。


 焼き物はセスも好きな二色焼きにしよう。海苔と青じそで。

 そうなると、カルパッチョも同じ味だけってのもいまいちだよな。

 ワインビネガーとレモン果汁の洋風と、醤油に味醂と胡麻の和風、両方作るか。となると、玉ねぎ、水菜、かいわれ、青じそあたりが必要かな。

 あとはレモン……


「お、グレープフルーツ。好き?」


「うん」


 じゃ、レモン果汁じゃなくてグレープフルーツ果汁にするかな。

 ところで……


「なんで、椿さんはメモ取ってるんです?」


「自分で試してみようかと思いまして」


「いや、別に教えますし、手伝って欲しいんですけど」


 椿さんに少しぐらい作れるようになってもらわないと、外食ばかりってのはどうかと。

 嫌いなものを食べないのはしょうがないとしても、栄養に偏りが……


「もったいないお言葉ですが、お料理に専念して頂かないと、お嬢様に怒られてしまいます」


「はあ……」


 前もそんなこと言ってたよな。

 ちらっとミオンを見ると、こくこくと頷いてるし、やっぱり椿さんの料理の腕は壊滅的……


「ん」


「あ、うん。これくらいでいいよ。作る時間もあるし、そろそろ行こうか」


 あとはデザート一品ぐらい作ろう。


***


「ごちそうさま。今日もすごく美味しかったですよ!」


 とテンションが高いのはミオンのお母さん、雫さん。

 なるほど、ミオンがテンション高い時に良く似てる気がする。


 前回よりは品数も少ないし、多少慣れたのもあって気楽に料理……と思ってたら、椿さんが料理の様子を録画し始めたり。

 そんなことに熱心になるよりは、すでにあるレシピサイトを見た方がいいと思うんだけど。

 気にせず料理してるうちに雫さんも降りて来たらしく、チラチラと覗かれたり……


「お持ちしました」


 二色揚げもカルパッチョも綺麗に片付き、全員がお箸を置いたところで、椿さんがデザートを持ってきてくれる。

 せっかく買ったお高いグレープフルーツ。果汁だけ使うのはもったいないので、余った分をコンポートにして冷やしておいたもの。


「!」


「うん、グレープフルーツのコンポート」


 砂糖、水、白ワインを煮立たせ、剥いたグレープフルーツを放り込んで一煮立ち。

 あとは弱火で少し煮て、粗熱が取れたら冷蔵庫に放り込むだけ。

 おしゃれな名前のわりに作るの楽だよな、コンポート。


「どう?」


「美味しい……」


 パクッと一口食べて、目を丸くするミオン。


「そりゃ良かった。まあ、フェアリーの蜜はリアルには無いから、ゲームと同じってわけにはいかないけどね」


 自分でも一口。うん、美味しい。スウィーが見たら暴れるやつだな、これ。

 雫さんや椿さんも美味しいと言ってくれて一安心。褒めてくれるのは嬉しいけど、ほぼほぼ素材の美味しさなんだよな。


「社長、そろそろお時間です」


「そう、あっという間ですね。これから服を買いに行くんですよね。もっと早く聞いていたら、一緒に行きたかったのだけど……」


「それはお嬢様が許さないと思いますが?」


 と椿さん。

 許さないって。まあ、何でもかんでも親がついてくるのも鬱陶しいのかな?

 うちは家族全員揃って買い物ってことがほとんどないから、逆にちょっと憧れあるんだけどな……

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