閑話:冒険者ギルド日誌〜厄災の日・そして〜

【○月△日】

 午前中、特記事項なし。

 コプティの在庫が少し不安な程度。


 午後に入り、体調不良を訴えるメンバーが多く、ギルド内が閑散とし始めた。

 外を歩く人の数も減っていて、子供やお年寄りの多くが教会へ運ばれているらしい。


 窓口対応をしていた女性陣も皆が体調不良を訴え始めたので早退させた。

 もはやギルドとして機能しておらず、開店休業状態となっている。

 そして、私自身も頭痛が酷くなってきた。


 気分の悪さをなんとか堪えつつギルドを閉めたが、もはやギルドだけでなく街全体が機能不全を起こしている。

 気がつくのが遅すぎた。もはや、誰もこの状態に対処できそうにない。


 目が霞んできた。

 最初は何かしら疫病の類かと思ったが、どうやらマナ切れを起こしているらしい。

 私を好いてくれている樹の精霊が必死になって、マナの放出を抑えてくれているが、それでも放出が止まらない。

 大気中のマナ濃度が著しく下がっているようだ。いや、まるで吸われているかのように体からマナが抜けていく。

 一体何が起こっているのか……

 このままでは生あるもの全てが……


————

【△月◇日】

 この日誌の続きを書くことができるとは思わなかった。

 生き延びたものは何が起きたかを記す義務があるだろう。


 私が意識を取り戻したのは、あの日から十日後。

 ギルドの中で倒れた後も大気中のマナ濃度低下は収まることがなく、一週間近く続いたらしい。

 やがて少しずつマナ濃度が回復したそうが、私も含め、意識を取り戻したものは皆が絶食絶水状態だった。

 私の場合は樹の精霊が少しずつ水を飲ませてくれていたのだろう。上着の襟部分がぐっしょり濡れていたのを思い出す。

 やがて動けるようになり、ギルドを出て目にしたのは……


 私の足は自然と教会へと向かい、そこでようやっと自分以外の生きている人間と出会えた。皆、私と似たような境遇で、街の様子に絶望し、教会へと来たそうだ。


 時が経つにつれ、生き延びた人たちが教会へと集まってきた。

 各々が知り合いと再会し、抱き合って喜び合う。

 私もギルドの部下と再会した時は、溢れる涙を堪えることができなかった。


 この厄災において唯一の救いだったのは、火災が起きなかったことだろう。それも精霊のおかげかもしれない。

 そして、火災が起きなかったことで、当面の食糧の確保に困ることはなかった。

 後ろめたくはあるものの、主人を亡くした家々から食糧を調達し、教会に集積して配る。

 私がギルドマスターであることを多くの人が知っていたため、その管理と再分配を任された。

 集まった食糧はおおよそ2週間分。ここにいる人たちは体調も戻りつつあり、狩りに出ることも可能だろう。


 翌日、この地を治めるウォルースト伯爵が部下を伴って現れ、足りないものがあれば供出すると伝えられた。

 何かしら災害があった時のためにいろいろと備蓄してあったらしい。厄災があるまでは胡散臭い領主だと思っていたが、どうやら優秀だったようだ。


 さらに三日後、有翼人たちが現れた。

 彼らが言うには『竜族とその庇護下にある種族が厄災からの復興を支援する』らしい。

 既に有翼人族、竜人族といった飛べる種族によって、被災民の捜索が行われているそうだ。

 見つかった人は手近な街へと避難させるとのことだが、ここへも案内して良いかと尋ねられたので、もちろん了承しておいた。

 今は一人でも多く集まることが重要だ。幸いにも家屋は無事なのだから……


 一月後、ウォルースト伯爵、そして、なぜか私が竜族と話し合うこととなった。他にもっと適任がいると思うのだが、伯爵、それに竜族からの指名とあっては断ることもできない。


 竜族との話し合いで、まず聞かされたのが厄災の原因。

 ウォルースト領から東、グラニア領を越えた更に先、最新鋭の魔導施設を使った大規模な実験が行われ、それが暴走して厄災を引き起こしたらしい。

 その実験とは大気中のマナを集積し、巨大な人工魔晶石を作ること。その暴走はこの星のマナを全て奪うところだったという。


 その暴走を止めたのが、白竜姫とその眷属の竜たち。

 彼らが持つ膨大なマナを一気に注ぎ込んで、装置そのものを過負荷で強制停止させた。

 だがその代償は大きく、もっともマナを注いだ白竜姫は長い眠りについたそうだ……

 膨大なマナを蓄積した魔晶石は、月白の女神によって砕かれ、三人の妹神によって世界中へとばら撒かれた。この厄災を忘れぬようにと。


 そして、伯爵と私にはウォルーストを国とするよう言い渡された。

 彼ら曰く『人が増えて集まりすぎると厄災が起こる』と。

 私たちがいる開拓中のウォルースト領、隣の穀倉地帯グラニア領、大神殿があるマーシス領の三国に分かれ、お互いがお互いを監視せよと……


 伯爵はそれを了承した。そもそも断るという選択肢は用意されていなかったようだが。

 そして、私もこれからその建国に携わることになる。

 これから先、国として、厄災を知るものとして、それを後世に伝えていかねばならないだろう。


 だが、起きたことを赤裸々に話すには今しばらくの時間が必要だ。

 伯爵も私も『誰が暴走を引き起こしたか』を聞いている。

 今、このことが公になった場合、家族や友人を失った悲しみや怒りが向く矛先となってしまうだろう。


 このことはいつかこの厄災を乗り越え、皆が笑って暮らせる国ができたその時に……


 記入者:エリック=アミエラ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る