水曜日

第174話 それぞれの事情

「おは」


「おう……」


 机に突っ伏していたナットが顔を上げて答える。

 どう見ても寝不足っぽいのは、


「眠そうだな。やっぱワールドクエスト始まったせいか?」


「だな。タイミング考えてくれって思ったわ……」


 ワールドアナウンスがあったのって10時半ぐらいだったっけ。

 フレの多いこいつのことだし、例のワールドクエストをどうするかって話になったんだろうな。


「で、ナットたちはどうするつもりなんだ?」


「一応、希望者で行ってみようってことになった。ただ、今いるところでやりかけのこともあるし、そっちが落ち着いてからって話だな」


 旧ノームの里の奥の古代遺跡を調べてるフレはそのまま滞在。

 あと、大工や農耕、畜産をしてる生産メインのプレイヤーも残るそうだ。


「そういや、プレイヤーズギルドは作ったのか?」


「まだだな。どこを拠点にするかが決まってねえし……」


「今いるラシャード領だっけ? そこじゃないんだ」


「そのつもりだったところで、ワークエ始まっちまったからな……」


 ああ、そりゃ目移りするよな。

 死霊都市って話だけど、ワールドクエストが成功で終わったら普通の都市になる可能性もあるし、そこからさらにって展開もありそう。


美姫セスちゃんとこはどうするって?」


「様子見だってさ。それより、そっちにプレイヤーたちが大勢行ってる間に、別のところに行こうかとか話してたぞ」


 と『白銀の館』の方針を伝え、オフレコで頼むと付け加える。まあ、言いふらしたりはしないだろうけど。


「死霊都市が混雑する分、他が空いてくるってか。それもアリ……ふあ〜ぁ」


「お前、ほどほどにしとけよ。いいんちょ睨んでるぞ」


 刺すような視線が俺の左肩を越えてナットに。

 これは、昼飯時にお説教コースだな……


***


 久しぶりの普通の部活。

 俺とミオンは昨日アップされた山小屋リフォーム動画のコメントチェック中。

 テスト期間中のお休みがあったせいか、コメント欄のテンションが高い……

 ベル部長はフォーラムチェックしてる感じかな。


「そういえば、応用魔法学の本ってそっちでも見つかりました?」


「いえ、それがまだなのよね。それもあって、古代遺跡に行きたいのだけど……」


 ベル部長が大きなため息をつきつつ、ゲーミングチェアに沈み込む。


「神聖魔法で上限突破した人が出たそうですけど、ベル部長も元素魔法がそろそろなんじゃ?」


「今、スキルレベル9よ。杖の補正を入れて10なの……」


『あと1なんですね』


 そりゃまあ上げたいだろうし、できれば『元素魔法で初』の褒賞SPをもらいたいよな。

 その先のことも考えると、応用魔法学はどれか早めにって感じか。


「アミエラ領の古代遺跡が面倒なことになったの、地味に痛いっすね」


「ええ。あそこなら『白銀の館』メンバーもいて動きやすかったのよね」


 補給もすぐだし、いろいろと融通効くメンバーも居るし、何より居心地いいだろうしなあ。


『そういえば、あの後の交渉はどうなったんでしょうか?』


「ちょうどゴルドお姉様が戻ってきてくれたし、ジンベエさんと二人で王国側の意志は伝えたわよ」


 ちょっと面白そうに話すベル部長。

 古代遺跡は冒険者が採掘や探索したがるかもしれないが、アミエラ領及び王国はこれに一切関与しないらしい。

 で、彼らの要求である『あがり』については可能な限り周知しておくが、その徴収はそちら側でどうぞと有翼人たちに丸投げしたそうだ。


「要するにそんな要求出すんなら、自分たちで管理しろってことですか」


「ええ、そうね」


「えげつないっすね」


「セスちゃんのアイデアに子爵様が賛成した結果よ?」


 思わず天を仰ぐ俺。そういう妹だったな、うん。

 でもまあ、彼らのために何かしないとはないか。

 最初から友好的でお互いに利益のある話なら、上がりのいくらかを渡してとかいう話だってありだと思うんだけどなあ。


『向こうの反応はどうだったんでしょうか?』


「ぽかーんってなってたらしいわよ」


 アージェンタさん、苦労してそうだよなあ。

 このことも一応報告しておくか……


「今後は開拓地をきっちりとした街に整備していくのと、東側への拡張かしらね」


 ベル部長がそう言いつつ、公式ページに載っている大陸の地図を見せてくれる。

 なんか、俺が最初に見たやつより随分と広がってるのは、気のせいじゃなくて、開拓した結果なのかな。


「今、こんな感じなんですね」


『部長がいるクリーネという漁村はここでしょうか?』


「ええ、かなり遠く見えるけど、馬車に乗るお金があれば時間は掛からないわ」


 大陸の西の端にある小さい村。

 王都から流れる川が海へと流れ込んでいる場所。


「なんか、この立地で安全だともっと人が増えても良さそうな場所に見えるんですけど」


「そうね。モンスターもあまり出ないらしいけど、それよりも強敵がいるのよ」


『強敵ですか?』


「ええ、雨が降るとすぐに川が溢れるらしいわ。あと、高潮被害も結構あるそうよ」


 ああ、そういう。

 土木スキルが行方不明になってる世界だし、護岸工事とかもないよなあ。

 平地で農作物は洪水と高潮で無理ってなると、漁業ぐらいしかないのか。


「漁船とかってどんな感じです?」


「乗れて二人か三人って感じの小舟ね。当然、動力は風と人力になるから、遠くまで出れるような船じゃないわよ」


 思った以上に船舶技術も未熟だった。

 土着の人たちは漁をして、干物を王都方面へ輸出。かわりに小麦やら野菜やらを買って生計を立ててるらしい。


『塩は作ってないんでしょうか?』


「昔は少し作ってたそうだけど、岩塩が王国の北で取れるようになって辞めたそうよ」


 手間を考えるとそうだよな。

 まだまだ塩の種類にこだわるほど裕福な世界でもないだろうし。


『人魚さんはいました?』


「いるという話は聞いたけど会えてないわ。岸辺から小さく見える離島に住んでるという噂は聞いたけど、村のNPCの人たちは消極的ね」


「祟りとかそういう?」


「それもあるでしょうけど、揉めると漁に悪い影響が出るかもしれないって。私たちにもおかしなことはしないでくれって言われたわ」


 あー、うん、そうだよな。

 しょうもないことで不興を買って、生活に支障が出るようなことになったらとか考えるとなあ。


『向こうから来てくれるといいですね』


「ええ、ワールドクエストに絡んでると嬉しいのだけれど……」


 人魚からドラゴンにって線もなきにしもあらずか。

 でも、北の方まで泳いでいくと、なんかすごく寒そうな気が……

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