第122話 ごくごく普通の食卓……

 ミオンのお母さん、雫さんはまだ仕事が残っているということで、いったんそこまでに。昼食ができたら降りてくるとのこと。

 俺たちはというと、エレベーターで一つ下の階に降りた。このフロアが家だそうで……


「良いのかなあ……」


 思わずぽろっとこぼれてしまった言葉。

 銀行のカード、しかも、ちゃんとした会社のカードを預けられるってどうなんだろう。

 いやまあ、信用してくれてるってことなんだと思うけど……


「まあまあ、合格点だったな」


 真白姉が俺の頭をヘッドロックした上でぐりぐりしてくる。

 本人は十分手加減してるつもりなんだろうけど、割とマジで痛いので勘弁してほしい。


「うむうむ」


 美姫もようやく緊張がほぐれたのか、いつもの口調に戻っている。

 ミオン曰く、椿さんには気を遣わなくていいとのこと。美姫がああいう口調なのも伝えてるそうだ。

 それに何より、雫さんも椿さんも、ミオンやベル部長のライブなり動画なりはしっかりとチェックしてるらしい。

 子会社は形だけのものなのかと思ったけど、割と本気で進出を考えてる気がする……


「みなさま、こちらへ。お荷物もこちらへ運んでありますので」


 椿さんが案内してくれたのは、20畳以上はあるリビング。

 あ、あれって、最新のエアディスプレイ? すげえ……

 いや、それはいいとして、ここで昼食って感じではなさそうで……


「すいません。お昼を作るつもりで来てるんですけど」


「はい、お伺いしております。こちらがダイニングとキッチンになりますので」


 入った部屋の左手に繋がってるっぽい。

 もう11時半を回ってるし、さくさくとお昼作らないと。

 どれか一品というと好き嫌いもあるだろうし、中華は本当は何品もあってって方が楽しいし美味しい。


「じゃ、俺は料理してくるけど」


 袖を掴んだままの状態のミオンにそう告げると、ちょっと不安そうな……真白姉と美姫と3人になるのが怖いのか。

 ただ、別に嫌ってわけでもないよな。だったら、最初から美姫も呼んでないだろうし。

 とりあえず、ミオンもできる話のネタを用意して……


「美姫、真白姉のVRHMDの設定、今やっとけば?」


「おお、そうだの! 澪殿も手伝ってくれぬか?」


「ってわけだから、お願いできる?」


「ぅん」


 そう答えると、やっと手を離してくれて、真白姉たちの方へと。

 俺も美姫もVRHMDは持ってきたし、真白姉はちょうど美姫に教わるために持って来てたのでちょうどよかった。

 IROを遊ぶにはPCパーソナルコアが必要だけど、VRHMDの初期設定とウェアアイディ取得まではなしでできるので。


「では、こちらへ」


「あ、すいません」


「いえいえ。翔太様はお嬢様の扱いが上手ですね」


「はあ……」


 扱いって言い方はどうなんだろって気がするんだけど、他に言いようもない。

 案内されるままに、意外と小さいダイニングを通り過ぎて、その奥にキッチンが。


「ご指示いただいていた食材はこちらに」


 冷蔵庫でか!

 というか、冷蔵庫って必要以上にでかいと食材買い過ぎて、結局鮮度がイマイチになって良くないと思うんだけどな。


「うわぁ……、こんな高級そうなお肉とかじゃなくていいんですけど」


「いえいえ、雑な素材では申し訳ありませんし」


 とニッコリ。

 これで不味くなったら、俺の料理の腕がいまいち過ぎるみたいな話になるから、逆にプレッシャー。


 まずはご飯炊こうとしたら、炊飯器も最新型っぽくて20分弱で炊き上がるやつらしい。

 無洗米を一応軽くといでぽちっとセット。おかずが多いし、三合あれば大丈夫のはず。


 持ってきたエプロンを身につけ、さっそく酢豚の下拵えでもと思ったんだけど……

 椿さん、ずっとここにいて俺を見張ってる感じなのか?


「お邪魔でしょうか?」


「あ、いえ。見てるんでしたら、手伝ってもらえると助かるなーとか……」


 正直、あんまり時間がないので、野菜切ったりするの手伝って欲しい。


「申し訳ありません。私が料理をお手伝いしてしまうと、お嬢様に怒られますので。出来上がったものを運ぶのはお任せください」


「はあ……」


 ミオンが何を怒るのかよくわからないけど、運んではくれるんだ。

 まあ、深く考えないように、気にしないようにしよう……


 ………

 ……

 …


 ニラ玉、酢豚、麻婆豆腐、回鍋肉、青椒肉絲に中華スープ。こんなもんか。

 どれもこれも、家中華って感じの中華料理ばっかりだけど、本格中華とか作れるわけでもないし。

 時間があれば餃子作りをみんなでとか思ってたんだけどしょうがない。


 すでに出来上がった料理は椿さんが運んでくれている。

 ご飯はおかわり用のおひつが準備してあってちょっと驚いた……旅館っぽい。


「兄上、早うせい。もう、皆揃っておるぞ」


「あー、すまん」


 美姫が待ちきれなくて呼びに来てしまった。

 後で困らないように、ちょっと先に洗い物する癖が……


「すいません。お待たせしました」


「いえいえ、すごいわね! こんなにたくさん料理してくれるなんて思ってなかったもの!」


 となかなかテンションが高い。

 ところで……俺の席ってここでいいの?

 雫さんの向かいだし、隣にミオンが座ってるし。(更にその隣に椿さん)

 雫さんの隣に真白姉、美姫と並んでるのはいいの? 年齢的にはあってる?

 もう座るしかないか……。真白姉も「腹減ってんだから、早く座れ!」って目をしてるし……


「さあ、いただきましょう」


 その声にさっそく取り箸を確保する美姫。お前なあと思うものの、待たせた俺も悪い。

 で、ミオンはどれから食べようか迷ってる風?


「俺が取ろうか?」


「ん……」


 最初は無難そうな青椒肉絲あたりからかな?

 回鍋肉や酢豚は家によって味も好みもだいぶ違いそうな気がする。

 辛い方が良かったり、甘い方が良かったり、酸っぱい方が良かったりと様々。


「はい。口に合わなかったらダメって言って」


 こくこくと頷いてくれる。

 真白姉も美姫もそういうところはシビアで「今日のはちょっと辛すぎた」とか言ってくれる。

 そのおかげで、そこそこマシな料理が作れてるんだと思うけど、それがミオンの口に合うかどうかはまた別なわけで……

 ちょっとドキドキしながら、ミオンが青椒肉絲を口に運んで……


「……!」


「あ、うん、良かった」


 普段、これより絶対に良いもの食べてる気がするんだけどなあ。

 高級なものばっかり食べてると、逆にってことだったりするのかもだけど。


「翔太君、すごく美味しいわ!」


「ありがとうございます」


 雫さんにも好評なようで何より。

 真白姉と美姫はまあ……褒めるよりも態度でわかる。

 あと椿さん、神妙な顔しながら美味しそうに食べるっていう……謎な人だな……

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