第121話 託されたもの

 エレベーターが静かに停止したのは最上階。最上階かー……


「どうぞ」


 スーツの女性の言葉に促されて降りる俺たち。

 最後に降りた彼女がスッと前に出ると、


「こちらへ」


 とまた先導されるので、ついていくしかない。

 ミオンにとっては普通のことなのか、いつもの——教室にいる時のようなごく普通の表情。

 それにしても、完全にオフィスっぽいんだけど、ミオンはここに住んでるのかな?

 あと、台所ってどうなってるんだろ……


 突き当たり、一番奥の部屋か。

 スーツの女性が社員証っぽいものをかざす。

 そして、


「お嬢様と伊勢様が来られました」


 扉のロックが外れた音を確認し、その扉を開けてくれる。


「ん……」


 相変わらず袖を掴まれたまま引っ張られて中へと。真白姉と美姫が続く。

 最後にスーツの女性も入って、扉が閉められた。


「ちょっと、ちょっとだけ待ってね」


 部屋の奥、豪華な社長机の向こうで、何か仕事をしているっぽい女性の声。

 多分というか間違いなくミオンのお母さんなんだと思う。


「みなさん、お掛けになってください。お茶をお持ちします」


 挨拶の前に座っていいものなのかな。

 こういう時ってどうするんだ? 座ると失礼? 座らない方が失礼?


 困ったなあと思ってたら、やっぱりまた袖を引っ張られてソファーに連れていかれる。

 ミオンがぽすんと座ってしまった。

 向かいのソファーの真白姉を見ると、一つ頷いてから、美姫と並んで腰を下ろしたので、俺もそのまま座ることに。


「ごめんなさいね。もうちょっと待ってね……」


 社長机の向こうからブツブツとそんな言葉が聞こえてきてるんだけど、ミオンは無表情というか、慣れてるのか……

 一時的に退室していたスーツの女性が、今度は人数分のお茶を持ってきてくれ、それぞれの前に置く。ぱっと見でわかるお高そうな緑茶から良い香りが漂う。


「はぃ……」


 俺の前に置かれたお茶を手に取って渡してくれるミオン。

 社交辞令的なお茶とかじゃないから、遠慮せずに飲めってことだよな……

 それを見て、真白姉も美姫もお茶に手を伸ばす。


 ……あ、めっちゃうまい、これ。どこのお茶っ葉なんだろ。

 それにしても、忙しい感じなら挨拶は後にして、お昼の準備を始めたいんだけど。

 そんなことを考えていると、ミオンの目がスーツの女性に向けられ、その女性がつかつかと……


「社長? そろそろ、お嬢様のご機嫌が……」


「はい! はい、終わりました!」


 そう答えてシャキッと立ち上がる。

 やっとはっきり見えたその顔は確かにミオンによく似てるんだけど、うちの母さんよりも年上っぽい?


「翔太、美姫」


「あ、うん」


 真白姉からちゃんと立って挨拶しろっていう意図が飛んできたのでその通りに。

 ミオンがちょっと不思議そうな顔をしてるけど、普通はそうだからね?


「はじめまして、澪の母でしずくです。娘がお世話になってます」


「伊勢翔太です。出雲さん、澪さんには俺の方がお世話になってるっていうか……」


「いえいえ、ちゃんと聞いてるわよ。毎朝、電車で澪のことガードしてくれてるとか、帰りも一緒にいてくれるとか」


 あ、あー……、はい。

 そうですけど、なんで普段からあの車で送り迎えしないのっていう、いや、それはよくって。その前に、


「えっと……」


「姉の真白です。本日は急にお邪魔してしまって申し訳ありません」


「妹の美姫です」


「いえいえ、大歓迎ですよ。それに、呼び出す形になっちゃってごめんなさいね。

 しかもご飯まで作ってくれるとか……。本当なら私のほうがご馳走すべきなんだけど、澪がどうしてもって言うし……」


「はあ……」


 さっきの感じもそうだけど、ずいぶんとミオンに甘い気がする。片親だから?


「ごめんなさいね、わがままな娘で。あの人が生きてればもうちょっと……。その話は余計だったわね。ささ、座ってちょうだい」


 雫さんがお誕生日席、一人掛けソファーに座るのを確認し、俺たちも腰を下ろす。

 とりあえず、部活とバイトの話を切り出そうと思ったんだけど、


「熊野先生から二人の部活とバイトの話はきちんと聞いてありますよ。

 それで翔太君にはお金のことについて、きちんと説明しておかないとと思ってたの。まずはこれを受け取ってちょうだい」


 そう言うと、スーツの女性から俺、真白姉、美姫に渡されたのは……名刺?


『株式会社 UZUME

 代表取締役社長 出雲 雫』


 あれ? UZUMEって結構有名な芸能事務所だったと思うんだけど、まさか……


「熊野先生とも相談して、澪はUZUME所属のタレントの一人ということにさせてもらったわ。親の会社であれば学校も文句は言えないでしょうってね」


 な、なるほど……


「このことはここだけの話でお願いね」


「はい」


 ていうか、そんなのバレたら、女子でアイドルになりたいとかいう子がミオンに殺到しかねない。


「それでね。うちで新たにバーチャルアイドル専門の子会社を用意したの。澪と翔太君で稼いだお金はそこの売り上げということにしますね」


「あ、はい」


 雫さんが社長を兼任。バイトとしてミオンを雇ってる形になったらしい。

 俺としては、ミオンの稼ぎだからそれで当然いいんだけど……って美姫の合宿の旅費の話があったか。


「本来なら、澪が稼いだお金の半分は翔太君に渡すべきなんだけど……」


「いや、俺はただ遊んでるだけですし」


「そういう捉え方はダメですよ。その人が写真に映ることで価値があったりしますからね」


 うっ、確かにモデルさんとかはそうだよな。


「熊野先生から、売り上げの一部を学校の寄付金にという話がありましたが、あまり多過ぎても困るそうです。

 何かしら澪と翔太君が必要なものがあれば、それはその子会社の経費で購入して貸し出すという形にしましょう」


「は、はい」


 例えば、俺がVRHMDを最新機種にするとして、会社に買ってもらって俺は無償で借りてる感じでいいのかな。

 美姫の旅費は……ベル部長が経費でって言ってたから、それはそれでいいのか。

 ヤタ先生は? いや、大人だし自前で出すんだろうな、きっと……


「その上で、余ったお金は二人が大人になるまで貯金しなさいね。ちゃんと働いてお金を稼げるようになったら、相談して使ってちょうだい」


「わかりました」


「じゃ、あれを」


 その言葉にスーツの女性から手渡されたのは、一枚のアカウントカード。


「え、これって?」


「その子会社の口座のカードですよ」


「いやいやいや! さすがに俺がこれを持つのは!」


 そこまで言ったところで、ミオンがグッと俺の腕を掴む。

 そのまま、じーっと見つめられて……


「……わかりました。預からせていただきます」


「ぅん」


「はい。この話はこれでいいわね。何か問題があったら……」


 そこで初めてスーツの女性が自己主張する。


「椿と申します。お嬢様の身の回りのお世話を担当させていただいておりましたが、この度、子会社の方の経理なども担当させていただくことになりました」


「は、はい。よろしくお願いします」


 税金関係なんかは全て椿さんが面倒を見てくれるとのこと。

 めちゃくちゃありがたい話なんだけど……本当にこれでいいの?

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