幻想邂逅

水曜日

第120話 姉、襲来!

「忘れ物無いか?」


「うむ!」


 水曜日。

 ミオンの家にお邪魔する日ということで……若干、胃が痛い。本当に痛いわけじゃ無いけど。

 とはいえ、ミオンのバイトの手伝い(?)をしている以上、挨拶ぐらいはしておかないとなあと思うし。


「じゃ、ホームセキュリティーを『不在』に……」


 そう思ったところで、玄関扉の向こうから足音が近づいてきて、


「ただいま!」


「姉上!」


 美姫がカバンを置いて真白姉に飛びつく。


「美姫! 大きく……なったよな?」


「クックック、1cm伸びたぞ!」


 身長180cm弱。

 母さんに似てすらっと背が高く、一見すればすごく美人に見える自慢の姉だ。喋らなければだが……


「あぁ? 翔太はおかえりもねーのか?」


「ああ、ごめん。おかえり、真白姉。けど、いつ帰ってくるかぐらいは言っといてくれ」


 何もこのタイミングで帰ってくるのかよっていう。

 まあ、真白姉だけ留守番してもらうか、美姫と二人残ってもらうかだよな。


「ん? 二人とも今から出かけんのか?」


「うむ! 兄上が件の女子おなごの親に会うというのでな。我は保護者として同行するのだ!」


「じゃ、あたしもついてって良いよな」


 ……

 はあ……


「駅前で待ち合わせだから、そこでちゃんと相手に了解とってくれ」


「おう!」


 こんなことなら、もっと早くにミオンの家に行っとくべきだったな……


***


「ふーん、そんな繊細な子なんだな」


 駅までの道すがら、ミオン……出雲さんとの間柄について、最初から説明させられた。

 何にしても、今日呼ばれてる理由、部活&バイトのことでミオンの親御さんと会わないとっていう話は、真白姉にはちゃんと説明しておかないとまずい。

 なので、それはいいんだけど、


「姉上はIROは知っておるのか?」


「ああ、知ってるぜ。今、めちゃくちゃ流行ってるし、寮でもやってるやついるしな」


「え? 寮ってめっちゃ厳しいんじゃないの?」


「お前、今どきネットで遊ぶなとか、あたしの大学は軍隊じゃねえぞ」


 ウェアアイディで個人認証が取れるので、フルダイブゲーム禁止とかにはなってないらしい。それでも、寮からアクセスしていい先は限定されてるそうだが、IROは幸いなことにオーケーなんだとか。


「ひょっとしてもうプレイしてんの?」


「いや、やろうって誘われてんだけどよ。いろいろよくわかんねーから、美姫に聞きに帰って来たんだよ」


「任された!」


 なんか、VRHMDも最新のを買ったらしい。

 仕送りを使う先があまりにも無くて大変なんだとか。


「ファミレスにもゲーセンにも入っちゃいけねーんだぞ、うちの大学。てか、そもそも周りに遊べる場所がねーんだけどよ……」


 さすがお嬢様大学。リアルの素行には厳しいんだな。


 そうこうしているうちに駅に到着。

 待ち合わせは向こう側、ロータリーの方だって話だけど……時間は10分前だからまだかな?


「む、あれではないのか?」


「ん?」


 ロータリの端、あまり使われない自家用車用の車止めの方を指す美姫。

 その先には……


「あ、あれだ。早いな」


「へぇ……」


 真白姉がなんか感心してるが、ともかく移動。


「ミオン、お待た……せ……」


 あれ? なんか、普段はぼさぼさな髪なのに、しっかりウェーブヘアって感じになってるし、ちょっと隠れてて見えなかった目は猫っぽい感じ……


「?」


「心配はいらんぞ。兄上はミオン殿に見惚れておるのだ」


「あ、ごめんごめん。学校と全然印象違ったから……」


 ……本当にちょっと見惚れてたかも。

 いやいや、それはいいとして、ミオンの目線の先には、


「そうそう、こっちの背が高いのが真白姉。熊野先生が担任してたっていう。ちょうど出掛けに帰ってきて、一緒に行くって言うんだけど……」


「真白だ。よろしくな」


「ぃ……出雲澪、で、す」


 うう、なんか無理させてるようで、めちゃくちゃ申し訳ない……

 逆に真白姉はめっちゃキラキラした目をして、


「この子可愛すぎだろ。翔太にはもったいなくね?」


「ぁぅ……」


 ミオンの頭を撫でている。


「真白姉、やめろって。……怯えてるだろ」


「おっと、わりぃわりぃ」


 真白姉が手を離すと、ふるふると首を横に振る。

 怯えてないってことだろうけど、そこは無理しなくていいから。


「乗ってくださぃ……」


「りょ。って……これ?」


 いやまあ自家用車の車止めにいるわけだし、そのミオンの後ろにある車に乗るんだろうなって思ってたけど……すごい高級車に見える。


 ミオンはこくこくと頷くし、間違い無いんだろうな。そういや、母親が会社を経営してるとか言ってたっけ。


「姉上! 兄上! 早う乗ろうぞ!」


「お、おう……」


 真白姉ですら、ちょっと引いてるもんな。

 二人を先に乗せ、俺とミオンが続くんだけど……向かい合って座る車とか初めてだよ。


『お嬢様、よろしいでしょうか?』


「ん……」


 なんかスピーカーから運転手さんの声が。女性? でも、前が見えなくなってるし!


 オートルートバスをペットジュース一本分で利用できる時代に、わざわざ自家用車を、それも運転手を雇って持ってるとか。

 さっきも『お嬢様』とか言われてたし、ミオンの親御さんの会社って大企業なんじゃ……


「?」


「あ、なんでもないよ」


 覗き込まれると、それどころじゃ無いぐらいドキっとするのでやめてください……


***


 まるで滑るように走る車に乗って10分弱。

 大通りを左に折れて入っていったのは、高層マンションの地下階。

 一番奥まで来て、静かに停止したところで、


『到着しました』


 と先程の声。

 カチャリとドアのロックが外れたところで、扉が勝手に、いや、外から開けられたらしい。


「お帰りなさいませ」


 扉を開けてくれたらしいスーツ姿の女性が、ミオンに向かってそう告げる。

 あれ? 運転してた人の声っぽいけど、どうやって先回りして扉を?

 ミオンが降り、俺、美姫、真白姉と降りたところで、


「ようこそおいでくださいました。伊勢翔太様、美姫様と……そちらは?」


「長女の真白です。突然お伺いしてしまい申し訳ありません」


 真白姉、まともな言葉遣いできてる!

 そんなことに驚いていると、ミオンがそのスーツの女性に頷く。


「失礼いたしました。では、ご案内いたします」


 そう言って通路の方へと。

 ミオンがいつの間にか俺の袖を摘んでいて、ちょいちょいと引っ張る。


「うん、お邪魔します」


 どこからがミオンの家なのかわからないんだけど……

 ふと見ると、美姫も緊張してるのか真白姉と手を繋いでるし。

 いや、逆かな? この先のこと考えると、緊張するのは真白姉の方だよな。美姫は完璧に猫かぶれるし……

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