IRO運営(1):ワールドクエスト終了

 都内某所。六条記念博物館の地下深く。

 Iris Revolution Online の開発運営を一手に引き受ける Six Elements Software がそこにある。


「ふう……」


 一つため息をついて、ゲーミングチェアに深く体を預けるのは、IRO総合プロデューサーの山﨑美紗——ミシャP。

 IRO初めてのワールドクエストは無事に終わったように見える。

 今はライブ配信中のプレイヤーの様子をマルチモニターで眺めているところだ。


 コンコン


「どうぞー」


「お疲れさまです」


 入ってきたのは、ゲームマスター統括の雑賀ちよこ——GMチョコ。

 上司に対する気遣いなどは全く見られず、そのままソファーへと腰掛ける。


「終了処理も褒賞配布も問題なし。問い合わせAIからのエスカレーションもなしですね」


「オッケー。反響の方はどう?」


「直近3時間の音声のAI解析結果ですが、『すごく良かった』『良かった』が82%。『悪かった』『すごく悪かった』が7%。残り11%はログインしてない人です」


「そんなに良いのは逆にびっくりだね」


 反動をつけてゲーミングチェアから立ち上がったミシャPは、そのまま棚の上にあるコーヒーサーバーに向かう。


「あ、私の分も」


「はいはい」


 上司と部下という関係には全く見えない二人。

 ただの仲の良い友だち同士の気軽な会話。

 それは『この部屋の中だけ』という二人の決め事だ。


「ちなみに不満だった人たちの理由って?」


「あー、『すごく悪かった』はユニッツのファンの子たちです。全く良い所なしのままワークエ終わっちゃったんで」


「それ自業自得だし……」


 そう答えつつ、GMチョコにコーヒーを渡す。

 ミシャPもそこは気になっていて、ゲーム内を女神の目で観察していたところだ。


「あれはアンシアが巧妙だったとしか言いようがないですね。ユニッツは戦うとなると、ファンの子たちにデスペナを負わせる危険性もあった訳ですし」


「男は辛いねえ」


 アンシアが連れてきていたのは、自身のファンに加えて、共和国の有力者から借り受けた兵士たち。

 頭数はほぼ同じだったが、NPC兵士はとにかくタフな設定にしてあるので、勝ち筋は限りなくゼロに近かった。


「じゃ、『悪かった』は?」


「共和国の一部プレイヤーですね。途中棄権扱いは酷いと」


 リザルトで途中棄権扱いになった共和国プレイヤーへの褒賞は1SP。成功した国所属のプレイヤーへの褒賞5SPと比べて低い点が不満らしい。


「それも自業自得。勝手に開拓して、勝手に建国したハルネ聖国を放置してるのが悪いってことで」


「なんていうか両極端でしたね。あの状況で勝手に建国するのもすごいし、それを関係者以外はただ様子見するっていうのも」


 ミシャPとしては、実装済みだったとはいえ、建国がこれほど早期に行われるとは思っていなかった。

 無人島スタートしたショウが建国宣言をそっ閉じしたと聞いて「そうだよね」と思ったぐらいだ。

 逆にハルネが建国宣言したという報告を受けた時は「は?」と間抜けな答えをしてしまったのだが……


「共和国の上層部のNPCのAI設定、ちょっと臆病にしすぎたかな?」


「うーん、共和国の大商人とか教会幹部って実戦経験がないし、無茶は言わない今ぐらいでいいと思いますよ?」


「だよねえ。あんまりNPCの主張を強くすると、プレイヤーの選択の幅が狭まるし……」


 コーヒーを机に置いて、ぽすんとゲーミングチェアに座り直すミシャP。

 共和国に限らず、王国も帝国もストーリーライン以外のことには深く関わらないよう、AI設定を消極的に振っている。

 IROはあくまでプレイヤーが歴史を作るゲーム。だからこそNPCは余計なことはしないようにしているのだが……


「もうちょっとこう、ガツガツくるプレイヤーが多いかと思ったんだけど」


「ライブ配信をしてるVはネタを考えてガツガツしてますけどね。普通のプレイヤーは仲間と楽しくゲームできることが最優先ですって」


「まあそうだよね……」


 そう言って見やる先に映るのは、雷帝レオナ、魔女ベル、それぞれの仲間たちが打ち上げをしてる様子。

 王国はワールドクエストでの被害率もかなり少なく、プレイヤー人口的にも一人勝ちに近い状態。


「うーん、王国が有利になりすぎたかな」


「いいんじゃないですか。まだまだ新規プレイヤー増えてますし、次のワークエが始まるまでは王国スタートがおすすめってことで」


 そう言ってコーヒーを一気にあおるGMチョコ。

 次のワールドクエストの内容を知っているだけに、王国の現時点での優位は微々たるものだと考えているようだ。


「新規プレイヤー、まだまだ増えそう?」


「増えます増えます。で、明日のアプデの変更内容が割り出せたので、最終チェックして欲しいんですけど」


「はいはい」


 ミシャPが手元に転送されたそれを確認して、ふむふむと頷く。


「初期無償習得スキル、やっぱり共通は【鑑定】【解体】ね。種族別ではヒューマンが【採集】、エルフが【木工】、ドワーフが【細工】、ハーフリングが【気配遮断】か。

 うん、妥当な線だと思うし、明日の正午からこれで行きましょ」


 ワールドクエスト後に新キャラを作成した時、先行プレイヤーが有利なのはしょうがない。かといって差がつきすぎるのもよろしくない。

 その差を少しだけ埋めるのが『初期無償習得スキル』というシステム。

 既存ユーザーの習得スキルを集計し、最も習得され、かつ、恒常的に利用されているスキルを無償で習得済みにしておく仕様だ。


「じゃ、これで設定しますね。ポチっとな」


「ちなみに、設定前だと3SP持ってる状態にもうなってたんだよね?」


「ええ、確認済みです」


 ワールドクエストが終わった後から、GMチョコが設定した明日正午までの間にキャラが作られた場合は、初期に3SPを余分に持つことになる。


「で、レアリティーダウンは……やっぱり【調教】か」


「調教スキル、必要SPが9から4に下がるんですけど、これユーザー怒りません?」


「たくさんの人がそのスキルを習得した。つまり、技術が一般化したので、レアリティーダウンは当然」


 これも先行ユーザーが有利すぎないための対策の一つ。

 だが、GMチョコ的には懸念点もある。


「レアスキル情報は極力広めない、みたいな動きにならないか心配なんですけど」


「それはそれで良いって。仲間内だけでレアスキルを占有しても、どこかで詰まって他人に聞くしかなくなるから」


 すでにこの試みは概ね成功している。

 何かしらのスキルの習得やレベル上げに詰んだ場合、ほとんどのプレイヤーが公式フォーラムで情報収集してるのを知っているからだ。


「最悪、公式でプロモムービー出して、そこでバラせば良いしね」


「またそんな悪どいことを……」


 これも既に一度やって、効果は確認済みである。


「それより、アクターの皆さんは準備OK?」


「はい。というか、あの人はもう勝手に始めてましたけど」


「言葉が通じない設定にしてるし大丈夫でしょ」


 手をひらひらさせてそう言うミシャPだが。


「なんか、フェアリーたち引き連れて無人島行っちゃいましたよ……」


「は?」

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