第87話 見なかったことにする

 部屋の右奥から手前に向かって降りていく石階段。

 その先は真っ暗で何も見えないので……


「えーっと、この先を照らして欲しいんだけど」


 光の精霊にお願いすると、部屋に浮いていた明かりがすうっと飛んできて、階段の先へと降りていく。めちゃくちゃ便利。


「さんきゅ」


「ワフン」


 その明かりに照らされた階段の先は、普通に石畳が敷かれた部屋っぽい。

 ぱっと見、骨が散乱とか血糊がべったりとかは無いみたいで一安心……


「……降りてみるか。ルピはちょっと待ってて」


 なんか取り憑く系がいたら嫌なので、ルピには待てをして先に降りる。

 階段が結構急なのは、なんだか田舎のじいちゃん家を思い出すな。


「よっと」


 降り立った1階は石壁に囲まれ、天井まで2mもなくて圧迫感がすごい。

 ぐるっと見回してびっくりするようなもの——骨とか——は無し。


『大丈夫そうですね』


「この家の持ち主がスケルトンになって座ってるかもって、身構えてたんだけどなあ」


「ワフ!」


「あ、いいぞ。ルピもこっち来い」


 そう言い終わる前に駆け降りてくるルピ。

 ぐるっとあたりを見回した後、安心したように俺の脛に頭を擦り付けてくる。


「よしよし。じゃ、じっくり調べようか」


 まず、気になっているのが目の前の壁際にある戸棚かな? 上半分は磨りガラスが嵌め込まれた両開きの扉で、アンティーク品っぽい雰囲気が漂っている。


『すごく古そうですし、気をつけて開けてくださいね?』


「りょ。ってか、まず鑑定かな」


【古びた高級キャビネット】

『銘木を素材として作られたキャビネット。かなり昔に作られたもの。

 木工:修理・作成可能』


 うわっ、高級って。こんな場所になんで高級なもの置くかな。雨漏りしてたらやばかった気がするんだけど……


『ここに住んでいた人ってどういう人なんでしょう……』


 ミオンの呟きを聞きつつ、扉に手をかける。感触としては普通に開きそうな感じ。


「開けてみるよ」


『はい』


 少しだけ力をかけ、慎重に引っ張ると、一瞬の抵抗があったのちに、扉がスッと開いた。


「おおー」


 そこにはずらっと並んでいる本。どれもちゃんとした装丁の本で高そうなやつ。

 ざっと背表紙を眺めていくと、魔導書っぽいものから、歴史、地理、事典といった感じ。


『すごいです。ショウ君、これで……』


「うん。今まで取れそうになかった学問系が取れると思う」


 ありがたいことにSPはがっつり余ってる。全部取るかどうかはともかく、ここでの生活に役立ちそうな学問は取りたいかな。


「ん?」


 棚の下の方、ちょっと大判の本が並んでいるその上に、無造作に置かれているのは本ではない感じの……


「なんだこれ?」


 装丁がなく、ただの紙束に穴を開けて革紐を通してあるだけの綴り。

 表紙というか一番上の紙には『記録』とだけ書かれている……


『メモ帳みたいなものでしょうか?』


「なるほど。ここの持ち主だった人のかな」


 うーん……、なんか勝手に中を見るのはちょっと心が引けるけど、玄関扉を蹴破っちゃったし今さらか……


「ま、後でもいいか。他を見よう」


『はい』


 その『記録』はインベに放り込んで扉を閉める。

 次にあたりを見回して目についたのは、


「何これ? 魔法陣?」


 1m四方、厚さ3cmほどの銀色の板。表面に刻まれてる紋様は、魔導書とかで見る奴に似てるけど、意味はさっぱりわからない。


『ショウ君、うかつに近づかない方が……』


「あ、うん、そうだね」


 何が発動するかわかんないしな。

 ルピを後ろに少しずつ近づいて……鑑定できるな。やってみるか。


【転移魔法陣】

『MPを注ぐことで乗っている人や物を、対となる転移魔法陣へと転移させる。

 ただし、転移先魔法陣の上に障害物などがあるときは安全の問題があるため発動しない』


 ……


「これは封印かな」


『どこに転移するのかわからないのは怖すぎます……』


「対になるやつが海の底に沈んでる、とかだと終わるよなあ」


 さすがに行き先のわからない片道切符は嫌すぎる。

 今のマイホーム、東の洞窟に行けるとかならいいけど。


「あとはこの箱か」


『宝箱っていう感じでもないですね』


 転移魔法陣とやらの隣にあるのは、いかにもって感じの……チェストボックスっていうやつだっけ?

 まあ、上蓋をかぱっと開けるタイプの大きい箱。俺も膝を抱えれば入りそうなぐらいのサイズ。


【古代魔導保存庫】

『内容物を長期保存してくれる箱。付属の魔晶石のマナを使うことで長期保存が可能になっている』


「うわ、マジか!?」


 これで長期保存できるんなら、インベを圧迫してる肉とか肉とか肉とかを入れておけて、すごい助かる。


『付属の魔晶石ってどこでしょう?』


「外には無いっぽい。……開けた中かな?」


『注意して開けてくださいね?』


「りょ」


 罠発見に引っかかって無いのを確認。レベル低いからなんともだけど。

 鍵がかかってそうな気がしたけど、ちょっと重いだけで普通に蓋が持ち上がる。慎重にそのままグッと持ち上げると、あっさりと開いて……


「ありゃ、空っぽか」


『前の持ち主が何か残してるのかと思いましたけど』


「だよな。まあ、ここであんまり強い武器とかもらってもだし。あ、これが魔晶石か」


 開けた蓋の裏側に中サイズの魔晶石が埋め込まれていて、その周りには魔法が刻まれている。魔導具ってことなんだろうけど、この仕組みがわかればなあ。


 これで全部か。意外とホラー的な要素なかったのは良かった……

 それに、この1階は作りがしっかりしてて、大きく作り直す必要もなさそうだし。


『結局、ここに住んでた人は、さっきの転移魔法陣でどこかへ行ってしまったということでしょうか?』


「あ、そうだね。それなら扉全部、内側から閂が掛かってたのも納得かな」


 何かしら用事があってこことどこかを行き来してたってこと?

 ベッドはあったけど、台所とか風呂とかトイレとかないし。いや、ゲームだからそもそもバストイレは不要なんだけど……


「ん? じゃ、あの転移魔法陣に誰かが飛んでくる可能性があるのかな?」


『あ、そうですね……』


「うーん、埃の溜まり具合からして、もう使われてないんだろうけど、勝手に使っていいものか悩むな」


 ゲーム的には「勝手に使っていいよ」って方だとは思うけど……


『さっきの記録を読んでみるのはどうですか? ここについて何か書いてあるかもしれませんよ』


「なるほど。ここが何のための山小屋だったのかとか、転移魔法陣の行き先がどこだとかわかるといいんだけど」


『地下の「解錠コード」について、書かれてるかもしれませんし』


「ああ、そうだった! じゃ、あれを読んでから決めようか」


 厚さからして15分もあれば読み終わるよな。


『はい。でも、その後は壊した扉を直しましょうね』


「はい……」

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