第11話 チキンカレー

『そろそろいい時間だから終わりにしますよー』


 ヤタ先生の声が聞こえ、俺は慌てて簡易テントの中へと戻る。

 一応、今回も就寝ログアウトしておこう。


「ふう……」


 リアルビューに戻ってくると、みんなは既にVRHMDも外しているようで、俺も慌ててそれを外す。


「電脳部は基本的に午後5時45分で部活終了だから覚えておいてね」


「その後に片付けをしてー、午後6時には退室しましょうねー」


 なるほど、把握。

 運動部なんかは午後7時近くまで部活やってるみたいだし、文化部でも吹奏楽部みたいなガチなところはそれくらいまでやってるらしい。

 それに比べたら随分とホワイトな部活だ。良かった良かった。


 軽く机の上の掃除をしたりしたところで、本日の部活は終わり。

 全員が部室を出て、最後にヤタ先生が鍵を閉める。


 文化部部室棟の廊下をヤタ先生とベル部長を先頭に進むと……二人とも目立つんだよなあ。美女の並びにチラチラと視線が飛んでいるのがわかる。


「今日は午後8時からベルさんの配信がありますのでー、今後の参考に二人ともバーチャル部室で見てくださいねー」


 ……帰宅してからが本番でしたか。

 まあ、やるからには真面目に魔女ベルの配信をお手本に見ておくべきだとは思う。


「普段はどれくらいやるんですか?」


「IROが始まるまでは週に二回、火曜と木曜の20時から1時間ほどだったわね」


「今は違う?」


「旬のゲームだから、今週はずっとやりたいところなんだけど……」


 とヤタ先生がベル部長をニッコリと……睨んだ。


「週三回までが配信していい回数ですー。新入生のお二人も覚えておいてくださいねー」


「……りょ」


 俺の返事と共に出雲さんもコクリと頷いた。

 まあ、あんまり変な時間に部活すんなってことだろうな。


「今週はあと火・木の予定よ。さっき見てもらったのがオープン日の日曜ね。で、今日火曜と明後日木曜に配信予定。時間は1時間ちょっとってところかしら」


「配信は22時には絶対に切りますよ。18歳未満が生放送に出ていいのは22時までって決まりがありますからね」


 ヤタ先生、しっかりしてらっしゃる。

 まあ、そういうペースで良くて、かつ、俺とミオンさんは特に流行らなくてもいいんなら、ちょっとしたお遊びって感じで楽しめそうかな。


「そいや、配信してない間もIROしていいんですよね?」


「それは当然よ。というか、配信の時に美味しい絵になるような下準備って大変なのよ?」


 あ、はい……

 1時間ちょいの配信で美味しいところを見せようと思ったら、その前の準備とかは先に終わらせとかないとまずい。

 そんな話をしているうちに部室棟を出ると、


「ではー、私は職員室に戻りますのでー、みなさんは気をつけて下校してくださいねー」


 とヤタ先生が去って行った。

 お仕事お疲れ様です……


***


「ただまー」


「兄上、遅いではないか!」


 うちの愚妹がご立腹だがしょうがない。


「部活だよ、部活。これからだいたいこの時間になるから」


「なんだとー!」


 帰宅したのは午後7時前。これは愚妹が怒るのもしかたないか。

 それに、俺が家事をやると午後8時にインするのはギリギリだな、これ。相談しねーと。


「夕飯の用意してくれてたりは? 今日は昨日のカレーの残りでいいんだけど」


「ないのう」


「わかったよ……」


 そういうと愚妹はわーいとダイニングの方へと消えていった。

 お前、ホント気楽でいいな……


 冷凍してあったカレーをレンジで解凍・加熱し、朝仕込んであったご飯にかけて二日目チキンカレーの出来上がり。

 あとはまあ野菜室に……キャベツ刻んでサラダってことにするか。


「できたぞー。運んでくれ」


「心得た!」


 うむ、二日目特有の煮込み込まれた鶏肉と野菜が素晴らしい。

 チキンカレー、どうしても作り立てはイマイチだから、常に一晩寝かせたい欲。


「じゃ、いただきます」


「いただきます!」


 あぐあぐと美味しそうにカレーをむさぼる姿は可愛いんだけど……

 姉貴とは別の意味で生意気な妹だが、一人で食うよりは楽しいからいいか。


「で、兄上は何の部活に入ったのだ?」


「電脳部」


「ほほう、興味深い」


「まあ、ゲームする部活みたいなもんだし、お前も来年うちくるなら入ればいいよ」


「うむ、そうするとしよう!」


 そう言ってから、ミオンさんと果たしてやっていけるのか気になったが、まあその時はその時か。

 今悩んでもしょうがない問題は先送りにするに限る。


***


「やべ、あと5分じゃん」


 俺は自室で慌ててVRHMDを被るとバーチャル上での電脳部の部室、よくある冒険者の酒場に入る。

 そこには既にヤタ先生とミオンさんの姿があった。


「間に合った……」


『ショウ君、忙しいの?』


「あ、うん。うちって両親が単身赴任……じゃないけどそろって行っちゃってていないから、妹の分も含めて夕食作らないとなんだよ。今日は昨日のカレーの残りだったから楽だったけど」


『すごいです』


 ミオンさんが驚いてるが、こういう家って結構あると思うけど。

 いや、姉や妹じゃなくて、俺が夕飯作ってるのはおかしいか?


「ミオンさんとの配信を始める時はー、もう少し遅くスタートの方がいいですかねー」


「できれば、そうしてもらえると……」


 って、ヤタ先生の衣装がさっきミオンさんに着せてたアイドル衣装だった。やっぱり自分の趣味なんじゃん。

 そんなやりとりをしていると、テーブルの端にあったウィンドウに表示されていた「もうすぐ配信開始!」という表示がワイプアウトした。


『いえーい! 魔女ベルのIRO実況プレイ、はっじまっるっよー!』


「ベル部長、女優っすね……」


 タイトルコールは画面中央で話していたが、早々に左下に収まってIROプレイが開始される。

 この場所は王国? 帝国? その周りにはパーティー参加を狙う視聴者たちであふれている。


『まずは序盤クエの一つ、ゴブリン集落の掃討クエに行きます!』


 その言葉にチャット欄が沸く。てか、俺が遭遇したアレに近いのか? 気になるな……

 と、ミオンさんからのウィスパーが俺の耳朶をくすぐる。


<ショウ君の島のゴブリンの集落と似てるんでしょうか?>


<うん、俺もそれ気になった>


<ちなみにこの配信の後にプレイします?>


<いや、今日は無しで。この配信、10時前まで続くだろうし>


<わかりました>


 うん、ウィスパーボイスはゾクッとするので体に良くないです……

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