第2話 街は人族が多すぎる
エドラスの街。
と言っても、所在国であるサーヴェンデルト王国の国民の中にも、この街の名前を知らない奴は多いだろう。
それもそのはず。このエドラスの街は最近できたばかりで、その目的が他の都市とは少々違う。というより、エドラスの街の、魔族の領域との交流という目的を知れば、激怒する奴の一人や二人――百人や二百人はすぐに出てくるだろうからな。
はっきり言って、永眠の森での平穏な暮らしを望む俺個人としては、迷惑以外の何物でもない。
ましてや、エドラスの街の成り立ちにあのオッサンが深く絡んでいるとすれば、なおさらだ。
有事の際のためにと、役場に保管されている装備一式を適当に選んで借り受け、俺は市街地を飛び出し森へ入った。
永眠の森に変化があった、とは言っても、それは俺達や亜人魔族のような森で生きる者達のことであって、森の環境そのものは何も変わっちゃいないし、そもそもフランチェスカ様が許さない。
当然、人族の領域の様に道が整備されているわけでもないが、そこは冒険者としての経験が物を言い、特に悪路と思うこともなく障害物を避けながら走る。
しかし、市街地から森を抜け出すにしても、最短でも丸一日はかかる距離を馬鹿正直に踏破するわけにもいかない。
とある日にその問題に思い至った時、俺は考えた。
それなら、森を走らないで済む移動手段があるじゃないかと。
俺は走る。
ただし、進む方角は目的地のエドラスの街ではない。
もっと近距離で、かつ効率的に移動できる場所だ。
ほどなくして俺が辿り着いたのは、永眠の森の中で比較的木々の間隔が広くなっている地帯だ。
一見、自然の森にしては不自然にも見えるが、それも当然だ。この辺りの木々を適当に間引いたのは、何を隠そうガラントのダンナと俺達だからな。
そして、整備したからには、当然ここに住んでいる奴らもいる。
もっとも、住んでいるのは
「あら、クルスじゃない。どうしたの?いつもは仕事の最中じゃない?」
そんな声が聞こえてきたのは、俺の頭上で樹上。
日差しによって陰になってよく見えないが、そのシルエットだけで彼女が何の種族か、見間違えるバカはいないだろう。
「やあ、テリス。ちょっと森の外まで行きたいんだけど、頼めるかな?もちろん報酬は出すよ」
「あなたたち、ホントに外と関わるのが好きよね。まあいいけど」
彼女の名はテリス。
フランチェスカ様の眷属にして、鳥人族代表のハーピーだ。
「まったく、あなた達くらいよ、私達を移動手段に使うなんて。これまで、人族は当然だけれど、エルフ族にも獣人族にもお願いされたことはないわよ」
そう聞こえてくるテリスの声は相変わらず上から聞こえてくるが、今はその距離感が違う。
もっと言えば、俺達と地面の距離感もまるで違う。
そう、今俺は、テリスの鳥の足に肩を摑まれて、空を飛んでいる。
「なんでだ?早く移動できる手段があるなら、使わない手ははないだろうに」
「……やっぱりあなた、変わってるわね。普通、私の足に摑まれて空を飛んだら、いつ落とされるか気が気じゃないはずなんだけれど」
「落とされるとか、そんな心配はしてないけどな。同じボクト様の配下だろ?」
「その配下の地位を上げるために、あなたを蹴落とすとか、そう言う心配はしていないの?」
蹴落とす?少なくとも俺に限って言えばそんな必要はない。
「功績が欲しいんなら、喜んで譲るぞ。ボクト様は人族に興味があるそうだから、うまくやれば手柄を上げ放題だ」
「……よしておくわ。私たち亜人じゃ、手柄どころか、フランチェスカ様の怒りを買う未来しか思い浮かばないもの」
なんだ、残念。
せっかく、掃除以外の仕事を減らせるチャンスだと思ったんだがな。
「それより、もうそろそろ森の外に着くわよ。どこで下ろせばいいの?」
テリスに言われて前方を見ると、濃い緑一色の永眠の森の景色の終わりが見え、代わりに人族の領域へ続く茶色く舗装された街道が、草原の中に見えてきた。
「おお、空を飛んでる上に一直線に進むと、やっぱり段違いに早いな!」
「……初めての空の体験でそのリアクション、やっぱりあなた、変わってるわよ」
見たことのない爽快な景色に喜んでいると、頭上から呆れ混じりの声が聞こえてきた。
失礼な、俺ほど普通を愛する男はいないぞ。
テリスに森の端で待っていてもらうようにお願いした後、俺はエドラスの街を目指して歩きだし、なんとか夕方前には到着できた。
別に走っても良かったんだが、人族が最も警戒する場所の一つである永眠の森から息を切らしてやって来る者がいれば、それだけで変な誤解をされる可能性がある。
永眠の森へ向かう商人の使いのふりをして街へ入り込んだ俺は、受け取った手紙に書かれた場所へ向かう。
途中、いくつもの鋭い視線が俺の体に突き刺さるが、すべて無視する。
新興な上に、人族の領域の境界線に近い街だ、住民は一般人よりもむしろ荒事に馴れた奴らの方が多いかもしれないくらいだ。
そういう奴らは得てして横の繋がりを大切にする。つまり、俺のような見覚えのない奴を見かけると、脳裏に焼き付けるクセがつくものだ。
それに対する正しい対処法は、気づかないとも気づいてるともいえない、中間の態度くらいがちょうどいい。
気づかなければ、懐の財布を狙うスリが近づいてくるし、逆に気づいていると、視線を合わせただけで因縁をつけてくるチンピラの餌食になる。
そんなのどっちも殴り飛ばせばいいと、血の気の多い奴は考えるんだろうが、あいにく俺は平和主義者だ。徹底的に無視することで、豪胆な性格かただのビビりか、相手の判断を迷わせることにしている。
そう、見てくるだけの奴ならこれで何の問題もない。
辿り着いたのは、エドラスの街でも比較的しっかりとした造りの木造の二階建て。
どうやら二階が宿、一階は昼と夜で分けて喫茶店とバーをやっている雰囲気だ。
「お客さん、もうすぐ準備に入るんだがね」
「待ち合わせだ」
そう言って、嫌そうな顔をする店主に断って入ると、もうすぐバーに切り替わろうかという店内のテーブルの一つに、手紙に書かれていた特徴と一致する人物がいた。
「アンタがハイリアさんか?」
「あ、あなたは……クルスさんですか?」
その容姿は、永眠の森の衛兵の証言とも一致していた。
人族にしては白い肌に、サラサラのプラチナブロンド、全体的にほっそりとしたシルエットながら、出るところは出ている。
人族の中ではちょっと目立ちすぎる美しさ、その理由に思い至るものが――
「おいてめえ、そこの姉ちゃんとどういう関係だ?」
その野太い声に振り返ると、いかにも絡んでくる気満々の冒険者風の男が二人、店のドアを開けて入り込んできていた。
……そう、こっちを見てるだけの奴なら何の問題はない。
問題は、それ以上の関心を持っている奴らだ。
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