第3話 状況の予測は最悪こそを前提に
どうやらいきなり抜き差しならない状況になったと思い、改めて二人の乱入者を観察する。
いで立ちは俺と大差ない、冒険者の装備一式だ。
動きやすい革鎧に、要所要所に鋼の装甲が付けられて急所を守っている。
腰には、使い慣れた感じの剣を二人とも帯びて、歩き方も堂に入っている。
まくられた腕にある古傷といい、いかにもな無精ひげといい、熟練の冒険者そのものだ。
少なくとも、
……ついでに、俺のことを知らない辺り、超一流、ってこともなさそうだな。
どうやら一番最悪な可能性は排除できたと確信したところで、これからの行動をざっと決める。
「ハイリアさん、いきなりで悪いけど、とりあえず今から移動する。しっかりついてきてほしい」
「は、はい……」
「おいてめえ!その姉ちゃんは俺達と先約があるんだよ!」
「ふざけた真似しやがって、ちょっと表に出ろ!」
俺の言葉に戸惑いながらも頷いたハイリアの様子に自分達が無視されたと思ったのか、男達がいきり立って近づいてくる。
そこに俺が懐から差し出したのは――
「銀貨?」
「ふざけんな!俺達がそんなもんで許すとでも――」
「だろうな。だからこれは――こう使うんだよ!」
そう言って、二枚の銀貨を乗せていた手のひらを握り込むと同時に、人差し指の側面に銀貨を移動、すでにしならせていた親指の反動を利用して立て続けに銀貨を射出した。
「ぐあっ!?」 「ギャッ!!」
二人の男が、命中した右目を押さえながらうずくまる。
これでしばらくは動けないだろう。速度を手加減したから、よほど当たり所が悪くない限り失明まではしないはずだ。多分。
「ちょ、ちょっとお客さん……」
「マスター、注文もしないで悪かったな。そこの銀貨は迷惑代だ」
そう言った俺はハイリアの手を掴むと、呆気にとられる店主の脇をすり抜けて裏口から出て行った。
「あ、あの!」
裏口から路地に入り、店に入る前から見当をつけていたルートを歩いていると、手を握っていたハイリアが抵抗するように立ち止まった。
「さっきは、なんであの人たちにあんな乱暴なことを?いくらなんでもひどすぎると思うんですけど……」
俺を非難するようなハイリアの言葉に、内心苦笑するしかない。
手紙の内容からは読み取れなかったが、どうやらハイリアは、こういった荒事に馴れているわけじゃないらしい。
「まず確認しておくけど、あの連中がずっとハイリアさんのことを監視してたの、知ってたかな?」
「え……?そんなわけ……そ、そうなんですか?」
「推測だけどね。多分、ハイリアさんがこの街に入った時からずっと見られてたはずだ。そして目的は、俺がハイリアさんから受け取った手紙か、ハイリアさん自身だ」
「わ、私ですか!?」
ハイリアは美人だ。それも超がつくほどの。貴族のご令嬢にだって、これほどの美しさの持ち主は滅多にいないだろう。正直俺も、仕事じゃなかったらまともに目を合わせられないくらいだ。
だから、ナンパ目的で声をかける男の一人や二人いたって、何の不思議もない(それがどれほどの蛮勇かどうかは別として)。
だが、状況とタイミングが気に入らない。
それほどの美人のハイリアが喫茶店の中で独り待ち合わせをしていたのに、声をかける奴どころか近くで様子を見る男の姿すらなかった。
おそらく、あの男達か仲間が、ハイリアに近づく他の男たちを排除していたんだろう。
そして、待ち合わせの相手である俺が、ノコノコと何も知らずにやって来たのを見て、あの冒険者二人が接触してきたというわけだ。
男達にとって誤算があるとすれば、ハイリアの待ち合わせの相手が同業者の俺だったことと、まさか罠にかけた相手から先制攻撃を食らうとは夢にも思っていなかったことだろう。
「それに、ハイリアさんを狙っているのはあの男達だけとは限らない。まず十中八九、他にも仲間がいるはずで、今頃は俺達の行方を捜しているに違いない」
「そ、そんな……じゃあ、私はいったいどうすれば……?」
そこだ。
これだけ用意周到な奴らのことだ、俺の予想が正しければ、一番の悪手は、二人でエドラスの街を脱出することだろう。
敵の規模は分からないが、少なくとも俺達を確実に捕らえられるだけの罠を張っていると見た方がいい。
もちろん、敵の姿を明確に捉えたわけじゃない現状で、この用心が常軌を逸しているという自覚はある。
だが、さっきの男たちを雇う費用、そしてハイリアを通じて俺に渡された手紙の主の立場を考えるに、敵の規模を大きく見積もって見積もりすぎるということは、決してないだろう。
となると、活路は外ではなく、敵の懐にしか無いな。
「……仕方ない、オッサンの手のひらで踊らされているようで癪だが、あそこに行くか」
「あ、あの、クルスさん?」
「いいかハイリアさん。これから俺がいいと言うまで、一言も口を利かずに俺についてきてくれ。できるか?」
「……なんだかよくわかりませんが、あの方からもクルスさんを信頼するようにと言われています。クルスさんが最善と思う方法で、私を守ってください」
「わかった。貴方の身は必ず守って見せる。まずは、この路地の端まで向かう。そこで俺が三つ数えたらある場所まで一気に走り抜ける。途中、何があっても絶対に足を緩めたり止まったりしないでほしい」
「わかりました」
シャープな顎をわずかに引いて了承してくれたハイリアに俺も頷いてから、できるだけ音を立てないようにしながら路地の端まで向かう。
案の定、路地から時折見えていた街の通りに、俺達のことを捜しているらしい男たちが走る姿が何度か見えた。
何れはこの路地にも敵の手が及ぶだろうという焦りを抑えながら、見つからないように慎重に移動し、ようやく路地の終着点まで来ることができた。
そこで最低限周囲の様子を窺った後、余計な言葉は言わずにカウントダウンを開始する。
「いくぞ、3,2,1,0!走れ!!」
俺の合図と共に、しっかりと手を握り合ったハイリアと路地を飛び出し、一直線に通りを横切る。
途中、遠くの方から男たちの怒号が聞こえた気がしたが、一切振り向かずにひたすら走り抜ける。
だが、いくら機先を制したと言っても所詮は女連れの走り、大人の男の全力疾走に敵うわけもない。
「てめえ待てコラァ!!」 「ぶっ殺してやる!!」
俺に右目をやられた男だろうか、絶対に立ち止まるはずもない物騒な脅し文句が聞こえるが、その声がだんだんと近づいてくる。
このまま行けば間違いなく捕まる。その時、か弱い女性のハイリアはともかく、俺に対して連中が拷問を躊躇する必要性は全く感じないだろう。
だが、これは追いかけっこじゃない。どっちが早くゴールに辿り着くかという、ハンディキャップレースだ。
実は、このエドラスの街を訪れるのは初めてなんだが、それでも、ある施設の場所だけははっきりと記憶していた。
そこは、俺の元の職業(ランディの突っ込みが聞こえてきそうだが)、冒険者にとって最も馴染みのある場所であり、唯一敵の手が回り切っていないと確信できる場所だ。
「冒険者ギルドへようこそ!――って、ちょっとあなた達!?」
「うわっ!?」 「なんだなんだ!?」
その施設――冒険者ギルドの両開きの扉を足で蹴飛ばした俺は、受付嬢の制止の声にも構わずに奥へと突き進む。
途中、中にいた何人もの冒険者とすれ違うが、仲間に知らせに行くんだろうか、慌てて外に出て行く奴を視界の隅で確認。安全地帯はやっぱりあそこしかないと確信して、普段は絶対に立ち入ることのないカウンターの向こう側へと侵入した。
「ここは職員以外立ち入り禁止ですよ!だれか、警備員さんを今すぐ呼んで!」
受付嬢のお姉さんには悪いが、その間にも、ハイリアの手を握ったままの俺はさらに奥へと入っていく。
すでに一般職員が普段出入りする区画すら通り過ぎ、残すは冒険者ギルド最奥の一室。
「ここは……!?」
目的地を知ってさすがに驚いたんだろう、思わず声を上げたハイリアの手を一層強く握りながら、俺はその部屋――ギルドマスターの執務室にノックもしないまま突入した。
「なんですかあなた達は――って、クルスさん!?」
「やあ、ナッシェルさん。ちょっとの間、厄介になるよ」
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