《トレント外伝》S級冒険者パーティ銀閃のリーダークルスは冒険者を続ける気がない 

佐藤アスタ

第1話 これが今の俺


 俺の名はクルス。しがない冒険者だ。


 かつては、神の悪戯か悪魔の罠か、もしくは魔王の策略か、サーヴェンデルト王国屈指の冒険者に与えられるS級の称号を持っていたりしたこともある。

 だが、それも遠い遠い過去の話だ。


「お、クルス、何やってんだ?」


 王国中の人々はそんな俺と仲間たちを讃えたりもしてくれたが、当の俺達にとっては迷惑以外の何物でもなかった。

 俺達が欲しかったのは、金でも、名声でも、称賛でもない。ごく普通の冒険者としての生活と、引退後のなんの波風も立たない穏やかな暮らしだった。


 だが、そんな俺達の些細な願いは、あの悪と権力の権化、冒険者ギルドのグランドマスターによって粉々に打ち砕かれた。

 奴は俺達を騙して貴族の跡目争いに絡んだ依頼を強制的に受けさせると、そのままサーヴェンデルト王国の政変に絡んだ数々の事件で働かせ、まんまと自分の目的を果たしたのだ!


「いや、確かに俺もあのオッサンには思うところもあるけど、そこまでの悪人じゃないだろ」


 その結果、俺達四人組の冒険者パーティ『銀閃』は、サーヴェンデルト王国に居場所を無くしてしまい、泣く泣く都落ちすることになったのだ。しくしく。


「無茶苦茶言ってんなよ。グランドマスターのオッサンからは、王国に帰って来いって手紙が今でもひっきりなしに届いてるじゃねえか。どこが都落ちだよ」


 そうして、人族の領域に居場所を無くした俺達四人は、突如『永眠の魔王』としてこの世界に降臨なされたボクト様に永遠の忠誠を誓い、その本拠地である永眠の森の中心地に住居をもらい、今日もこうして忠勤に励んでいるのだ。


「最後だけ事実かよ。そういう、ウソとホントを織り交ぜる話が一番タチが悪いって、知っててやってるんだよな?オラ、そろそろ現実に戻ってこい」


 バシィ!!


「痛っ!何すんだランディ!」


「おはよう、我らがリーダー殿」


 今日も、永眠の森は平和だ。






 サーヴェンデルト王国のゴタゴタが終息し、ほぼ時を同じくして永い眠りに就かれたらしいボクト様。

 らしい、っていうのは、実際にその眼で確かめているのは、唯一の側近であるフランチェスカ様だけだからだ。

 かく言う俺も、ボクト様が眠りにつかれる直前に拝謁してるから、他の連中よりは確かな情報を持っていると言える。

 そのせいで、森の亜人魔族の連中からの嫉妬と、笑って済ませられるか微妙なレベルの嫌がらせが凄いんだが……

 まあ、その話は置いておこう。何気ない日常の一コマと思えば、そこまで嫌な気分でもない。


 問題は、ボクト様が眠りに就かれたタイミングを狙って、周辺の勢力が意趣返しや侵略、あるいはその前段階としてスパイや破壊工作の危険があったことだ。

 しかし、フランチェスカ様を筆頭に、ガラントのダンナや亜人魔族の代表達を総動員して作り上げた緻密な警戒網(立案と監修は俺達銀閃が担当した)に、他勢力からの干渉はほとんどなかった。

 どうやら、俺達に怒りを向ける気力もないほどに、コテンパンにやられた記憶がトラウマになっているらしい。

 それに、俺達を含めて神出鬼没なボクト様の行動パターンは誰にも読めない。

 たとえボクト様の不在がバレようとも、眠りから覚めた時の事を考えると、誰も手を出したがらないだろうな、と容易に想像できるからな。


 しばらく様子を見たフランチェスカ様がそう結論付けてからは、永眠の森は穏やかな暮らしが続いている。

 中心地である市街地では変化らしいものは無いが、外の森の中では亜人魔族の生活が活発になっている。

 ドワーフの国であるガーノラッハ王国改め、フギン王国との取引が少しずつ始まっているし、俺の古巣のサーヴェンデルト王国の商人も、森の外にやって来ては交渉を持ち掛けてきているそうだ。


「そうだ、じゃねえだろ。人族関連の交渉事は、俺達銀閃に一任されてるんだから、むしろ最終的な決定権はリーダーであるお前にあるんだぜ」


「はあ、なんでこんな面倒なことに。俺はただ普通に暮らしたいだけなのに……」


 そう言いながら、手に持っている箒をくるくると回しながら市街地の景色を眺める。


 季節は夏の盛りをとっくに過ぎていて、落ち葉が舞い始めるころ。

 今日も大事な掃除夫の仕事を真面目にこなしているのに、これ以上俺にどうしろと言うのか。

 ため息の一つも付きたくなる。


「現実逃避すんな。すでにお前は、フランチェスカ様から永眠の森の幹部としてみなされてるんだ。さっさと役場に行って、積まれた仕事を片付けて来い」


 さっきからずっと俺の幸せな時間を邪魔し、そう言って役場のある北門を指し示すように顎をしゃくるのは、銀閃の仲間のランディ。

 共にパーティの前衛を務めているから、相棒ともいえる。


「仕事?人族の商人にへの対応って言うんなら、全部無視に決まってるだろ」


「全部……か?相手の正体や後ろ盾を調べなくていいのか?」


「後で面倒なことにならないか?」という顔で見てくるランディ。

 確かに、その意見には基本的に同意する。ただし、今回は話が別だ。


「俺の口から言うのもなんだが、相手はたかが商人だ。それに対して俺は、仮にも永眠の森を支配するボクト様の名代だ、仮にもな。すでにサーヴェンデルト王国との同盟が結ばれている以上、身分違いの相手なんだよ。その俺に面会を申し込むこと自体、裁判なしで処刑されても文句は言えない無礼な行為だと思わんか?あまり俺の口から言いたくはないがな」


「仮にもとか俺の口からとか、話が鬱陶しいが、お前の言い分は分かったよ。じゃあ、処刑するのか?」


「バカだなランディ。ほんっとうに、バカだなランディ。そんなことをしたら、俺の仕事が増えるだろう?だから無視でいいんだ。それが最も効率のいい対処法だからな」


「よしわかった。とりあえず、一発殴らせろ」


 ……少々時間を進めよう。ちょっと見苦しい絵面になったからな。


「はあ、はあ、……とりあえずお前の好きなようにすればいいが、まずはその方針を役場に伝えて来い。商人との対応に当たっているエルフの姉ちゃんが困ってたぞ」


「ぜえ、ぜえ、……てめえ、さては色仕掛けで頼まれたな。……はあ、まあいいや、ちょっと行ってくる。掃除が終わったらな」


「今すぐ行け」


 ランディに背中を押される形で、非常に不本意ながら大事な仕事を放り出した俺は、やや回り道でその辺をブラブラしながら、市街地で例外的に亜人魔族の出入りが許されている、北門広場に設置された役場に到着した。


 ……ここも、ずいぶん立派になったよな。


 役場が設置された最初の頃は、大小いくつかの天幕が張られた簡素なものだった。それを、本格的に周辺国から認められ始めた永眠の森の威厳に関わると、亜人魔族の代表達が張り切って、短期間で役場にふさわしい規模の木造の建屋を完成させたのだ。もちろん、フランチェスカ様の許可を取ってのことだ。


 そんな建屋と周囲を行き交う亜人魔族を、俺がボーっと眺めていると、


「クルスさん!やっと来てくれましたね!さあ、早く中に入ってください!承認してもらいたい案件が山のように溜まっているんです!」


「あー、はいはい」


 最初の頃は何かと距離感のあった亜人魔族達だが、最近はようやく慣れてきたのか、俺に対しても遠慮のない言い方をしてくるようになった。(その副産物として嫌がらせも遠慮が無くなってきてるが、まあそれはご愛嬌だ)

 その理由は、あっちが歩み寄ってきたというよりも、フランチェスカ様の方針――もっと言えばボクト様の倫理観や趣味嗜好に、全ての永眠の森の住人を合わせようということらしい。

 それが、なぜか人族寄りの矯正になっているのは、俺としては楽でありがたいんだが、なんでなんだろうな?


 まあ、この疑問をこれ以上考えるのは、危険な気がする。

 全てにおいて超越しているボクト様はともかく、何でもかんでもボクト様最優先のフランチェスカ様の逆鱗に触れそうなんだよな。


 もしそうなったときは……面倒くさいことになりそうだ。






「では、申請順に書類を回していきますから、目を通して必要な個所にハンコを押して、許可、保留、不許可のいずれかのケースに入れてくださいね」


「はい」


 役場の前で出迎えてくれたエルフの女の子に奥まった一室に押し込められた俺は、部屋の奥のデスクに座らされ、右手にハンコを持たされ、最近ドワーフ経由で大量に仕入れるようになった紙(これもボクト様の影響らしい)に書かれた内容を読むように命令された。


 おかしい、どうしてこうなった?


 そう思いつつも反論は時間の無駄と早くも悟り、俺はエルフの秘書(良い響きだ)から渡される書類に目を通していく。


 ……しかし、こうして情報として見てみると、玉石混合というか毀誉褒貶きよほうへんというか。

 時代の流れを先読みして永眠の森に積極的に関わろうという気鋭の商人もいれば、明らかに詐欺や強奪目的の犯罪者すれすれの輩までいる。

 中には、俺の眼から見ても面白そうな商談を持ってきた奴もいるが、最初に決めた通りに全て保留か不許可のケースに、押印した書類を放り込んでいく。

 そのあまりの決断スピードに、脇のデスクのエルフの秘書が口元をひくつかせているのが視界の端に映っているが、気にすることなく続ける。


 そうして、このデスクと同じくらいの高さはあっただろう書類の山が消えかけたその時、


「ん?」


 文字列の波を滑るように走らせていた俺の眼に、ある単語が引っかかった。


「秘書さん、秘書さん」


「……私、別にクルス様の秘書になったつもりはないですが、なんですか?」


「この案件、来たのはいつ頃だった?」


「ちょっと待ってくださいね……ええっと、面会の申請があったのは、昨日の夕方ですね。普通、面会申請は受け付け開始の朝が多いのに、珍しいですね」


「どんな風体だったか、わかるかな?」


「風体ですか?よっぽど特徴的でないと普通は付記しないんですけど……あれ?衛兵の一言として書いてありますね。……容姿が目立っていたようです。人族とも、エルフ族とも取れない印象を受けたようです。こちらでの審査中は、人族との境付近に最近作られたエドラスの街の宿に泊まると書いてありますけど……」


 ガタ


「秘書さん、すぐにランディ、ミーシャ、マーティンを捕まえて、俺の後を追うように伝えてほしい」


「え?ちょっと、クルス様?どこへ行くんですか!?」


 わずかに残った書類を無視して椅子から立ち上がった俺に、秘書さんが声をかけてくる。


 どこへ行くかって?そんなのは決まっている。


「急用ができた。ちょっとエドラスの街へ行ってくる」

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