第47話 アサルト アタック

 ────ベキャッ!


「な、何だ!」


 突如鉄製のドアが、コンテナの部屋の内側へ吹っ飛んで行ったのに対し、入り口近くにいた白衣の男が目を白黒させた。


 その瞬間、明日香が背後に回り首筋を当て落とし、男は床に崩れ落ちた。


 同じ部屋にいた残り3人は即座に逃げる姿勢を取ったが、部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルを明日香が蹴り飛ばし、諸共に壁に叩き付けられまとめて気絶した。


 残るは奥の部屋にいる気配だけ。

 これだけの騒ぎが起こって動かないところを見ると、どうやら覚悟は決まっているらしい。


 明日香は煙草をふかしながら、ゆったりとした歩みでそちらへ向かって行った。



 明日香が黒幕のアジトに対し、このような強行手段に出たのは理由がある。


 鳳凛から、部屋に詰めている人数が少ない事、のほとんどは技術職で、障害になり得るのは例の術師程度だろうとの情報を得ていたからだ。


 それに加え、いい加減探偵もどきの地道な聞き込みに飽き飽きしていたこともあり、問答無用で工房を破壊する事に決めたのだった。


 テーブルを蹴倒した事で、精製中だった薬品の激臭が部屋に広がる中、明日香は連結されたコンテナの奥へ足を踏み入れた。


「困りますねえ。ここは禁煙なんですよ」


 そこには明日香を出迎えるように、余裕たっぷりでソファに座る、ダークスーツの男が一人。

 第一声に皮肉げな言葉をよこしてきた。


「てめえらの都合なんざ知らねえよ。できりゃあ、喋る元気がある内に降参してくれるとありがたいんだがな」


 ふう、と溜め息交じりに煙を吐き出す明日香に、男はさも不思議そうな顔で聞き返した。


「降参? 私が?」

「ああ。もうてめえはブラックリストに乗った。もしここで俺様が取り逃しても、裏仕事が新宿でできると思うなよ」

「いつの間に……ドローンですか」


 明日香の煙に紛れて飛んでいた七瀬操る小型ドローンが、男の顔写真を始末屋のリストと照合していたのだ。


王李ワンリー氏。呪術系を得意とする始末屋ですね。今の内に投降すれば、ブラックリストの件はかけあって差しあげますが、どうします?」

「そんな口先だけの約束、信用できませんね」


 あくまで優しい声音の七瀬に、王は吐き捨て、ソファから立ち上がった。


「この場は実力行使で逃げさせてもらいます」

「じゃあ……ボコられて後悔しとけ」

「そう簡単にいきますかねえ」


 あくまで構えを取らない明日香に眉をしかめつつ、王は腰を落とし、両の貫手ぬきてを前方に突きだす構えを取った。


「へえ、蛇形拳か? 珍しいもん使うじゃねえか。そういやボブも蛇になりやがったしな」

「蛇、好きなんですよ。丸呑みにして証拠を残さないところがいい」

「はっ。大層なもんを飼ってそうだな。興味が出て来たぜ」


 そろそろと隙を伺うように貫手を揺らす王に、明日香はにやりと笑いかけた。


「──ジャッ!」


 それを合図として、戦闘は開始された。

 王の右の貫手が、屈んで回避した明日香の煙草を両断する。


 同時に明日香は下方に回し蹴りを放ち、王の跳躍を誘う。


 思った通り、王は宙へ跳ぶことで蹴りを避けた。

 そしてほぼ同時に、明日香の頭蓋目掛け飛び蹴りを返していた。


 しかし明日香は意に介さず、立ち上がり様に王の膝の裏を蹴り抜き、天井まで叩き付けていた。


「がはっ!?」


 吐血こそしたが、着地は見事に無音でこなして見せた事から、今だ余力はあるらしい。

 再び蛇形の構えを取りつつ後ずさり、明日香の追撃をかろうじて受け流す王。


「右脚をぶち折ってやったのに、いい動きするじゃねえか」

「まったく……なんという割に合わない武だ。宙を舞ったのなんて久しぶりですよ」


 今や余裕の表情は崩れ、王はぎりりと歯噛みする。


「お望みなら、何度でもリフティングしてやるぜ」

「それは御免被りたいので……」


 王はスーツの胸ポケットから何やら取り出すと、一気に口元へ運んで飲み下し、


「本気を、出させて頂きます……ね」


 しゅうう、と蛇のような呼気を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る