第46話 フラワーズ
メモに書かれた住所は、明日香もよく知るレンタル倉庫であった。
その周辺では
本人達は今だ友好的なつもりのようで、ふらりと訪れた明日香を守衛は顔パスで倉庫の奥へ通した。
そして事務所にて明日香を歓迎したのは、紅花会の会長代理、
「こにちわ、明日香サン。今日は急にどしたか?」
タイトな黒いチャイナドレスに羽扇。加えてわざとらしいなまり混じりの日本語。全てにおいて胡散臭い中国人を体現しているが、彼女が油断ならないやり手だと明日香は知っている。
「来たくはなかったが、大事な要件があってな」
「ワタシは会えて嬉しいけどね。ワタシ明日香サン好きよ。綺麗で強い、理想のタイプね」
「この百合女が……鳳凛、今日はベタな挨拶は抜きで行こうぜ。てめえらも人事じゃねえはずだろ」
「もう、もとお喋りしたいのに。明日香サンはせかちね」
用意させた紅茶を一口飲むと、鳳凛はテーブリに腰かけ微笑んだ。
「わかてるよ。今新宿を騒がせてる薬のことね?」
「ああ。俺様はお前らがばらまいてるとは思ってねえ。あの依存度で相場の半額以下で流されちゃあ、戦争もんだからな。お前らもそこまで馬鹿じゃねえだろう」
ヤクザの世界にもルールがあり、大手同士の協定で薬の相場は決められている。
たまにそれを知らずにディスカウントセールをやらかす間抜けもいるが、そういった者はほとんどが海の底に沈むのが定番だった。
「だが、今回お前らは犯人を知っていて匿ってるな? 真っ当な理由があるなら言ってみろ。納得すればお仕置きはなしだ」
「やん! さすが明日香サンは優しね。惚れ直しちゃう」
蠱惑的なしなを作りながらカップをテーブルに戻すと、鳳凛は話す姿勢に入った。
「三カ月くらい前よ。うちのレンタルルームを借りて、製薬始めたチームがいるね」
「渋谷の一斉摘発がその頃だから、時期は合うな……」
「初めは普通の純度のブツを作てて、うちに納入もしてたから、知らんふりしてたね。それがいつの間にか、立派な工房に改造されててね。うちの子達も実験で何人か廃人にされたよ」
鳳凛は淡々と話しているが、怒りを鎮めるように煙管に火を灯し、ゆっくりと深呼吸をしてみせた。
「そこまでわかっててなんで追い出さねえ。粛清対象だろうが」
「うちの
溜め息と共に紫煙が踊る。
「うちの組員にはいつの間にかGPS代わりの蟲が仕込まれてて、動きは全部筒抜け。大掛かりに動けばすぐばれる。正直お手上げだたね」
言いながら、鳳凛は髪をかき上げてうなじを見せる。そこには花の形に似た刺青が入っていた。それが監視している蟲なのだろう。
「はっ。てめえらが出し抜かれるとは。らしくねえな」
「返す言葉もないね」
鳳凛は苦笑しつつ灰皿に煙管を叩き付けた。
「一度力ずくで行てみたら、とんでもない術師と怪物が護衛にいてね。交渉以前の問題だたよ」
「術師か……」
明日香は大門に呪詛をかけている者と同一人物だろうとあたりをつけた。
「と、言う訳で、今じゃうちは寄生虫を飼い続けてるという訳ね」
「ふん。そりゃ恥ずかしくて、どこにも相談できねえよな」
「そこに私の救世主、明日香サンが颯爽と登場ね。ボスは半分諦めてるけど、奴らの掃除依頼、受けてくれるか?」
「当然だ。そのために来たんだからな」
「やん! かこいいね!」
「うお、抱き着くな!」
自信満々に笑う明日香に鳳凛は飛び付くと、明日香のズボンのポケットにメモを差し込んだ。
そして耳元で囁く。
「上手く済んだら、いぱ~いサービスするね」
「いらねえよ! 金だけ払え!」
離れ際に素早く頬に口紅を付けられ、明日香は鳳凛を睨み付けるも、暖簾に腕押しとばかりににこにことしている。
「唇を狙たのに、惜しかたね」
「まったく、油断も隙もねえな!」
明日香はジャージの裾で頬をぬぐいながら、紅花会の事務所から逃げるように飛び出した。
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