第44話 オカルティック ドラッグ

「霊薬~? ってえと、修験道やら錬金術やらのアレかい?」

「はい。そのアレです」


 うさんくさそうな顔をする時康に、あくまで真面目な声音で返す七瀬。


「おい、特務課はそんな常識も教え込んでねえのか?」

「さすがにこの界隈で霊薬の存在を信じないのはまずいぜ、時康さん」

「うぐ……」


 三方から責められ小さくなる時康だが、


「だってしょーがないじゃないのよ。上は資料だけはどかどかと回して来るくせに、講習会の時間もとくにくれずに即出動の毎日だぜ? よく今まで死人が出てないもんだよ、マジで」

「お役所あるあるですねー」


 七瀬が同意すると、時康は開き直ってチューハイの缶を空にする。


「霊薬って単語に反応できただけでも褒めて欲しいくらいだね」

「そうすねないすねない。いい線は行ってたよ」

「だろお?」


 誠吾が新たにチューハイの缶を渡すと、時康に笑顔が戻った。


「やけに機関がサンプル採取に躍起になってると思えば、そういうことか」

「ん? どゆこと?」

「警察の鑑識さんでは検出できない、特殊な霊薬であると目星を付けていたからでしょうねー」

「かぁ~! これだから田中さんは!! そう言っておいてくれれば、もうちょっとやりようもあったってのにさぁ!」


やり場のない怒りを、空の缶をテーブルに叩き付ける事で晴らす時康。


「そうだな。あいつの仕事が雑なのは今に始まったことじゃねえが。一回〆ておいた方がいいかもな」


 呑み終えたビール缶を、片手で縦にぺしゃりと平らにする明日香を見て、時康と誠吾は揃って顔を青くした。


「明日香ちゃんは絶対に怒らせないようにしような……」

「ああ……」


 奇妙な連帯感が生まれたそばで、明日香のスマホが振動した。メールの着信があったようだ。


「誰だ? 人が気分よく呑んでる時に」


 しかめ面で画面を操作する明日香の表情が、次第に明るいものとなってゆく。


「よっしゃ! 昇竜会が情報一つ掴んだぜ」


 新宿内で顔の利くヤクザ連中と組んで、薬の売り子の情報を追わせていたのだ。


「おお、さすが明日香ちゃん、顔が広いねえ」

「まあな。本来ならてめえらが足使って、聞き込みするところを肩代わりしてやったんだ。感謝しろよ」

「そりゃあもう!」


 調子良く揉み手をする時康を傍目に、明日香は一瞬厳しい表情を見せた。


「ちっ、交換条件がついてやがる。佐川、明日面貸してもらうぜ」

「何? ご指名か」

「どうやら相手にも素性がばれたらしくてな。性質の悪い呪いを飛ばされてるんだと。応急処置はしたが、今のままじゃあ身動き取れねえから、腕のいい結界師をよこせとさ」

「ヤクザの世界もまじないが流行ってるのか。世知辛いな。まあ金になるならいいぜ」

「そこは説得してやる。ともあれ明日だ。詳しい話を聞きに行こうじゃねえか」

「おじさんは何かすることあるかい?」

「パトロールでもしてやがれ」

「あ、はい……」


 明日香に最後まで邪険にされ、しょんぼりとチューハイをちびりと飲む時康であった。

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