第36話 ストーム&ライトニング
明日香は水面にばら撒いた誘導灯を足場に縦横無尽に飛び回り、次々襲い来る蛟を片っ端から蹴り砕き、切り刻み、吹き飛ばしていた。
時に蛟の頭上へひらりと飛び乗っては踏み潰し、新たな獲物へ向かうための足場に使う。
そして姿を消したと思うや、複数の首が宙を舞っている。
「図体がでかかろうが、中身がすかすかじゃあな」
誘導灯に着地したと同時、背後から狙い撃たれた水弾を見もせずかわす。
空間を制圧した明日香の神経は冴え渡り、周囲の動きが手に取るようにわかる。
己の身体も常より遥かに軽く感じられ、思い通りに動かす事ができた。
いよいよもって、解放した本来の霊気が身体に馴染み始めているのだ。
加えて、対策本部にて狭川誠吾が看破してみせた通り、今の明日香には風龍の気が満ちていた。
古来より気功を用いた武術は、己の気を練って気門を開き、龍を宿す事で、人ならざる力を引き出す事を目指すものとされる。
わずか二割の枷を外した程度で、明日香の霊気はその極致に至り、電光石火の暴風の化身と成ったのだ。
片や、人の身ながら、荒ぶる龍を宿した者。
片や、
どちらの地力が上かは、一目瞭然であった。
蛟もただやられるばかりではなく、大型の個体を複数であたらせ、後方から援護の水撃をとめどなく浴びせるような、高度な戦術を披露する程度には統制が取れている。
しかし明日香の規格外の俊敏さに翻弄され、圧倒的な霊気の暴力によって蹂躙されるを許す他なかった。
明日香は内より湧き出る霊気の高まりに、呼応するよう高揚し、敵を討ち取るごとに恍惚の笑みを浮かべる。
それは常の姿からは微塵も想像の付かない、妖しい
しかし至福の時間は、唐突に遮られる事になる。
天井伝いに明日香を追っていた管狐から、甲の声が響いたのだ。
「──姐さん! 緊急の伝言です!」
明日香はそれを受けて現実に立ち返り、説明から由良の狙いを把握した。
「ちっ。見てるだけの奴が余計な茶々入れやがって。興醒めだぜ」
せっかく夢見心地で暴れていたところで水を差され、明日香の顔からは先刻までが嘘のように表情が消えていた。
「だがまあ、いい加減きりがねえしな。体もほぐれてきたところだ。一丁乗ってやろうじゃねえか」
新たに出現した巨大な顎を、無造作に右足で水面へ叩き返すと、トンボを切って後方に
そして珍しく腕を上げて構えを取ると、おもむろに息を大きく吸い込んだ。
取り込んだ息を、全身あまねく行き渡るよう、深く深く吸い続ける。
同時に、かっとした熱が下腹部を中心に発生し、大きな気の流れが生まれるのを感じ取る。
周囲では蠢く蛟が異変を察知してか、迂闊に飛び掛かる者がいなくなり、まるで時が静止したかのような一瞬が訪れた。
明日香は気の膨張が最高潮に達したと判断すると、鋭い呼気と共に練り上げた龍気を解放した。
「──ふ──」
その瞬間、止まっていた時間が、ガラスが割れたかのように荒々しく動き出す。
明日香を中心として、
そして巻き起こる、蛟達のおぞましい悲鳴、断末魔の数々。
明日香が放ったのはただの光にあらず。
水を媒介として、大出力の電撃を流し込んだのだった。
付近にいた個体は即座に破裂し水へ還り、遠巻きに鎌首をもたげていた者らは、じゅわりと形を崩して水面へ消えた。
雷とは、風水や五行思想において、風の要素に含まれるもの。
明日香は風龍の特性を完全に把握し、スタンガンとして利用したのだ。
明日香は我流の技にいちいち名など付けないが、強いて言うならば、龍形気功奥義、「雷針功」とでも呼べるだろうか。
「──姐さん、ナイスや! 今の隙で、本体の居場所が割れましてん。図面で言うたら、ちょうど濾過槽の真上ですわ! 一気に決めたって下さい!」
「言われるまでもねえ!」
訪れた好機に明日香は一吼えすると、幾分か水かさの減った水面へ飛び出し、列柱の間を駆け抜けた。
すると視界の内に、黒々としたへどろの塊のようなものがとぐろを巻いているのが映る。
大きさにして、二階建ての住宅程はあろうか。
それは自らを守っていた多量の水と、子供達が消し飛んだことを把握してか、一声泣き声のような轟音を放ち、ゆるゆると首を持ち上げ始めた。
肌と鼓膜がびりびりと震える中、明日香は更に速度を上げ、付近の列柱を駆け上がると、たんたんと前方に飛び移りながら高度を上げ、大蛟へと迫る。
その大きさのせいか、半身を水より晒した大蛟は、陸に打ち上げられたクジラの如く鈍重だった。
ようやくにして巨大な顎をわずかに持ち上げ、上を向いた頃には、明日香はすでにその頭上へ至っていた。
それを迎撃するように、大蛟の顎がぐばりと開かれる。
まるで深遠へ繋がる底なし沼のような口内へ、明日香は臆せず落下してゆく。
不意に、大顎の中心に水が渦を巻いて集まり始め、水球を象り始めるが、もはや明日香は回避する態勢になかった。
「──しゃらくせえ!」
覚悟を決めると、空中を前転しながら急降下し、ばちばちと放電する左の踵を、思い切り水球へ叩き込んだ。
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