第35話 ダウジング

「かぁっこえぇ……! さっすが姐さん! ほんま痺れるわぁ~」


 対策本部にて、管狐の視覚越しに明日香の動向を追っていた御門甲は、感極まった様子で両の拳を握り締めた。


 甲の得た映像は、念波を介して本部の大型モニターへ映し出され、部屋に詰めた人員が固唾を飲んで見守っていた。


「かっかっか。あれだけの蛟の群れを前に、あの啖呵。まったく、見ていて飽きんわい」


 画面の中で多数の蛟を相手取り、活き活きと一蹴している明日香を見やり、古賀宗栄も豪快な笑い声を響かせる。


「実際大したもんだ。本来なら軽身功は、全身の気門を開いてようやく練れるもんなんだが。あいつは左脚の気門に風龍を宿して、片足だけで成立させてやがる。教えて出来る事じゃない」


 背もたれを倒した椅子に、だらしなく身を預けながらも、狭川誠吾が見事な観察眼を披露する。


「はや大海に浮かぶ木の葉の如し。どれだけ荒れようと沈みやせぬ、か。片や、襲い来るあぎとは右脚一本で撃退しとる。恐ろしいまでの天賦の才よ」

「さすが~、お二人はわかってはりますなぁ」


 ベテラン二人が揃って感心するのを、自分の事のように誇らしく胸を張る甲。


「ほらほら姉やん。急がな姐さんにええとこ全部持ってかれてまうで」


 からかい半分に顔を寄せる甲に対し、御門由良は無言のままにバチンとデコピンをお見舞いした。


「あいた! 何すんのん」

「ああ、堪忍な。あんまり鼻の下伸ばして阿保面晒しとるから、思わず手が出てん」


 不機嫌そうに言いつくろうと、由良は姿勢を正し、改めて貯水槽の図面と睨めっこを再開した。


 その左手には紐が握られ、吊るされた先端には、小指の爪ほどの大きさの水晶が光りながら揺れている。


 これが由良の商売道具。西洋風に言えばダウジングの手法であった。



 モニターの中の激闘から察するに、恐らくこのまま明日香に任せていれば、蛟の鎮圧は時間の問題だと思われた。


 しかしタイムリミット以内に事が済むかと問われれば、一抹の不安が残る。


 仮に興が乗った明日香が、時間と加減を忘れて暴れ回れば、二次被害は甚大なものとなろう。

 明日香の霊力の限定解除は、作戦成功率を上げると共に、それだけのリスクも孕んでいた。


 幸い、宗栄と誠吾の知識を摺り合わせ、合議した結果、貯水槽に蠢いている蛟どもは、未だ幼体が占めているであろうとの結論が出た。


 成体となったならば、親の元を離れ、己の縄張りを求めて巣立っていくのが蛟の生態である。

 しかし今いるのは、大きさこそ規格外ではあるが、侵入者である明日香を執拗に追い回している者ばかり。

 つまり未だ貯水槽が縄張りであり、成体、即ち親の制御下にある事を意味すると考えたのだ。


 前述の通り、成体さえ潰せば幼体は共倒れとなって一息に片が付く。


 田中は二人の説を採用し、明日香が地下で奮闘している間に、由良に成体の正確な位置情報を探り当てさせ、一気に叩く策を立案した。


 かくして由良は、明日香が貯水槽を全壊させる前に、成体を見付け出すという難題を押し付けられたのだった。


「まったくもう。こんなん、どっちが化け物かようわからんわ」


 ぶつくさ言いながらも、由良の手元の水晶は大きく図面の上で弧を描く。

 貯水槽の中にいる事だけは間違いないのだが、反応が多すぎて絞り切れないのだ。


 加えて、明日香と言う歳の近いライバルを引き合いに出された大一番。

 嫉妬と功名心がちらついて、明鏡止水の心得が上手く働かずにいた。


 できれば自力で解決に導きたいところであったが、背に腹は代えられぬ。仕事そのものがご破算になっては、目も当てられない。


「あーもー、よういかんわ。霊波が入り乱れて、探るに探れへん。甲くん、明日香ちゃんに伝言。回りのデカブツ、一瞬でええから動き止めさせたって」


 ついに観念した由良は、悔し気に甲へ指示を出した。


 結局今回の作戦は、明日香ありきのものだったのだと認めざるを得なかった。

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