第21話 ディザスター
明日香と七瀬は機関により育てられたが、適正に合わせてそれぞれ別々の教育プログラムを施された。
陽気に溢れ、身体能力に秀でた明日香には、各種戦闘技術を。
陰気を宿し、霊力の扱いに長けた七瀬には、あらゆる体系の術儀を。
初めこそ二人はいつも一緒にいられたが、長じるにつれて次第に訓練の時間は増え、離れ離れの時間が上回っていった。
七瀬が受けたプログラムの内容を、明日香は知らない。聞こうともしていない。
しかし、どうせろくでもない事だったろうと確信している。
何故なら、自分がそうであったから。
今朝に見た白い世界の夢。あれは明日香の実体験であった。
詳細はずっと後になってから知ったが、あの白い霧に紛れてうろついていた化け物達は、かつて姉妹が生まれる前に作り出された失敗作。言ってみれば兄弟達だったのだ。
Aチームは廃棄予定だった失敗作の群らがる部屋に、最終試験と称して、幼い明日香を送り込んだ。
部屋を出られるのはただ一人。その最後の一人になるまで生き残れ、というのが明日香に与えられた課題であった。
余談だが、古来の呪術に
本来は毒虫の類を用いる呪いの儀式の事だ。
どうせ廃棄するものならば、有効に利用しようという魂胆があったらしい。
言葉にするのもおぞましい事に、Aチームは自ら産み出した人工の化け物達を、蟲毒の材料としたのだ。
人造の地獄へ放り込まれた明日香は、わずか6歳にして幾度かの死線を潜り、見事最後の一人として生き残った。
全ては、再び七瀬と一緒に暮らすため。
Aチームの主任は、合格した際の褒美にそれをちらつかせていたのだ。
それを望みに、明日香は鋼の意志をもって負の思念をねじ伏せ、闇に蝕まれる事なく力を手にし、その人格を維持してみせた。
ともあれAチームは、優秀な人造兵士の誕生に歓喜した。
約束通り、七瀬との対面を承諾し、研究成就のパーティーを同時に行うことになった。
盛大なパーティー会場が用意され、久しぶりに妹と会えると心躍らせて入場した明日香の耳が捉えたのは、とある着飾った研究員の独り言だった。
「姉は兵器で、妹は人柱か。不憫なもんだな」
呟いた本人は老婆心からだったかも知れない。しかしそんな事はどうでもよかった。
烈火の勢いで問い詰めると、七瀬は近日、劣化した某所の封印の礎と交代で人柱にされる予定であり、ここにはいない。
今日用意された七瀬は、精巧に作られたクローンであるとの衝撃の事実を知る。
その時ついに、明日香を支えていた理性の糸が切れた。
抑え付けていた全身の
無論、その場にいた全ての者を巻き添えとして。
Aチームは確かに優秀な成果を残した。しかし、最後まで姉妹を人間として見る事はなく、それが惨劇に繋がったのだ。
妹を求めて荒れ狂う明日香を止めようと、機関の私設部隊が投入されたが、それは火に油を注ぐだけであった。
体術で敵う者はなく、一蹴りで肉塊と変えられてゆく兵達。
遠距離狙撃を野獣の如き勘でことごとく避け、レーダーなど機械類をも軒並み故障させる、圧倒的な磁場と霊瘴の渦を振り撒いた。
攻撃をすればする程、それに対応して進化する。
蟲毒により増大した明日香の霊力は、まさに災厄そのものであり、力ずくで止める手段は皆無となっていたのだ。
もはや機関に成す術はなく、拡大する被害が民間に及ぶ前にと、調停者として雇われたのが、フリーの拝み屋として名高い灰色の男、グレイであった。
グレイは持ち前の幻術や
明日香にとっては皮肉なことに、獣のように成果ててから初めて、人間として接される事となった。
次第に我を取り戻した明日香と交流を持つまでになると、機関との譲歩のラインを探り、徐々に懐柔したのだ。
こうしたグレイの尽力でまとまった折衷案が、次のものである。
七瀬は生きたままで土地神と縁を結び、一定期間その地の守護を務める事。
明日香には同棲を認める代わりに、霊力を抑える
七瀬の任期が無事に過ぎれば、晴れてお役御免となり、機関はその後の姉妹に一切関与しない事。
それらを条件にグレイの保護下に入り、ようやく仮初の自由を得る事となったのである。
言うなれば、現在姉妹が始末屋稼業を営むまでのお膳立ては、ほとんどがグレイの手によるものであった。
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