第19話 ミラクルツインズ
すらりとした長身に、しわ一つないグレーのスーツ、同色に黒いラインの入った中折れ帽。
にこやかに帽子を取って、軽く会釈する様さえ絵になろうかという伊達男。
ミハイルにも勝るとも劣らない美形であるが、どうにも年齢を特定しがたい。間違いないのは、日本人離れした面立ちだという事だけだ。
じっと見つめていてすら、刻々と形を変えているかのような、捉えどころのない不思議な印象を与える顔であった。
それ故に、彼は周囲からこう呼ばれている。
一つの型にはまらず、白にも黒にも染まり切らない、灰色の男。
「グレイさん!」
七瀬がその顔を認めて、喜色を浮かべて名を呼ばわった。
田中地獄の犯人が、見知った者である安堵からだった。
「はい。おはようございます。七瀬君。そこは愛を込めて、
本気ともジョークとも取れる挨拶を口にしつつ、グレイと呼ばれた男は姉妹に向けて歩み寄る。
「何がパパだ、気色悪い。てめえなんざ
さりげなく距離を取る明日香に対しても、グレイはにこりと微笑みかけた。
「ふふふ。相変わらず手厳しいですね、明日香君。お元気そうで何より。しかし、戸籍上は間違いなく養子縁組してありますし、呼ばれる資格はありますよ」
「朝一でこんな手間のかかったくだらねえドッキリを仕込む奴に、そんな資格ある訳ねえだろ」
忌々しいとばかりに言い捨てる明日香だが、グレイは涼しい顔で受け流した。
水無月姉妹は元々孤児であり、身元引受人がグレイである事は、覆しようのない事実であった。
水無月姉妹には、生まれた時点ですでに親がいなかった。
人工受精を経て誕生した、いわゆる試験管ベビー。または、
事の発端はこうだ。
この国には大昔から、公にされない国防機関がある。
ここで言う国防とは、霊的なものも含む。
国土を狙っているのは、何もミサイルやコンピューターウィルスばかりではない。
呪術や霊能力等の、物理の死角から蝕む攻撃も防がねばならないのだ。
古い例では、平安京の設計が分かり易いだろうか。
風水や陰陽の術儀をもって、都を霊的に守護していたという逸話は、オカルトや歴史を多少かじった人であれば思い当たることだろう。
陰陽寮という組織は消えて久しいが、霊的な守護を司る者達は歴史の裏に紛れ、名を変え形を変え、時の為政者達と協力して国を守り続けてきた。
そして時代を下るごとに、対応する案件も姿を変えてゆく。
そのため、組織も常に柔軟な姿勢で在らねばばならない。
そういった背景から、その機関では、国土を守るためには多少の犠牲は厭うまい、という思想がごく自然にまかり通っており、日々頭のネジが外れた各分野の天才達が、非人道的な研究に没頭しているのだ。
以上を踏まえて、ここからが本題。
近代になり、国内の霊能者不足が深刻化する中で、機関のとあるチーム(仮にAチームと呼ぶ)が着手したのが、人工的に霊力を強化した人間を産み出す、という研究であった。
人の身に宿る霊気には、陰と陽の二種類が存在し、その割合が性別の決定に大きく関わっている。
陽の気が過半数を占めれば男性、逆であれば女性、という具合に。
そしてその割合に応じて、霊力の強さが左右される。
大雑把に例えれば、陽の気が60%の男性と、陰の気が70%の女性を比べた場合、後者の方が10%分霊力が高い、という事になる。
この女性をさらに例えにしてみると、残りの30%分は、女性には扱いが難しい陽の気であり、どうしても持て余してしまう。
精神修行や霊的手術で、潜在能力を引き出すにしても限度があり、個人が100%の力を使いこなす事はほぼ不可能なのだ。
そこでAチームが構想したのが、双子の受精卵を遺伝子加工し、二人分の霊力を持った一人の人間を作ってしまおうという案だった。
双子と言うものは、呪術的にも霊的にも様々な意味を持つが、中でも互いの霊気に感応し合い、相乗効果によって霊力が高まるという特性がある。
Aチームはその点に着目したのだ。
しかし研究は難航する。
まず二人分の遺伝子を、一人分の器に綺麗に詰め込もうという事からして無理があった。
どう試行しても、シャム双生児などのような奇形に生まれるか、運よく形は人のものとなっても、精神が破綻していたりと、産んでは廃棄の繰り返し。
そうして長い年月、人の道から遥かに外れた研究により、霊力と身体能力だけは破格の化け物達が、いつ果てるともなく産み出され続ける中。
突如として、奇跡的なサンプルが誕生した。
陽の気を100%受け継いだ姉と、陰の気を100%受け継いだ妹。
姿形は正常にして、脳波にも人格にも著しい損壊は見られない。
Aチームが長年追い求めた理想を体現した双子の姉妹。
これが後の水無月姉妹であった。
姉妹は6歳まで、機関によって英才教育を施されながら大事に育てられ、とある件を契機にグレイに引き取られた。
事実上の保護者であり、育ての親であるグレイは、姉妹に一つの任務を託している。
そして今日訪れた理由は、任務遂行に支障はないかどうかの確認のためであった。
「二人とも、変わりありませんね。再会を祝したサプライズへの対応も満点です。私はとても誇らしい」
何度も頷いては褒め称える姿勢は、間違いなく娘達への慈愛に満ちている。
「しかし、わかっていますね。この後こそが肝心なのだという事を」
グレイは中折れ帽を右手で胸に抱きつつ、七瀬へ左手を差し出した。
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