ホワイトノイズ

第16話 オールホワイト

 どこまでも。どこまでも。


 見渡す限りが、白い霧に覆われている。


 行けども行けども晴れる事はなく、壁も天井も見当たらない。

 寒くも暑くもなく、屋外なのか、屋内なのかすらわからなかった。


 ぼんやりとした淡い光が、頭上からかすかに射しており、自分の手が届く程度の範囲を薄く照らしている。

 つまりは、ほとんど何も見えないのと同じ事。


 幸い足元は硬く、これもまた真っ白な、起伏のない地面が続いている。

 お陰で手探りながらも、移動するに不自由はなかった。



 どの程度の期間、自分はここをさまよっているのだろうか、と。


 まだ就学前にも見える幼い少女は、ふと想いを巡らせた。

 得体の知れぬ巨大な死骸を足蹴にして、千切り取った肉にかじり付きながら。


 地に伏した肉塊は、彼女が仕留めた獲物である。


 この白い世界には自分以外にも、輪郭すら定かでない何者かが蔓延はびこっていて、時折襲撃を受けては、こうして返り討ちにしているのだ。


 霧の水分のおかげか、不思議と喉こそ乾かないが、空腹は覚える。


 自然と、撃退した獲物の中から、食べられそうなものを選んで食料としていた。

 それなりに長い間そのサイクルを繰り返しているが、体調に変化はない。


 少女は、その気になれば意外と何でも食べられるものなのだと、この退屈で何も見えない世界で、食事にのみかすかな楽しみを見出した。



 襲撃者が何者かも、少女には知る由が無い。


 しかし本能的に相手の殺意を感じ取り、抗わなければ確実に殺されるだろうという事だけは理解できた。

 そして、それらの脅威へ反撃するためのすべが、その小さな身体には何故だか備わっていた。


 突如霧を割って飛び掛かって来る影を、より先に察知して迎撃してのける。


 視覚に頼らず、かすかな音や霧の流れで、自らに接近する物体の気配を感知しているのだ。

 そんな心眼とも言える技術を、年端も行かない幼子が体現する様は、まさに奇跡。

 あるいは悪魔の悪戯、呪いとでも言ったところか。


 向かって来る者へ素早く転身し、リーチの差をものともせずに肉薄しては、足にを込めて蹴り抜くと、大抵の物体は一撃でひしゃげ、中身をぶちまけて沈黙した。


 それが天性の強大な霊力がもたらす神業であると少女が知るのは、それからまだ先の話となる。



 ともあれ、いつ明けるとも知れぬ白夜の中。

 気が狂ってもおかしくはない過酷な環境を、少女はひたすら生き抜いた。


 全ては、欠けた半身を取り戻すため。


 その確たる目的だけが、その小さな身体を支配し、突き動かしていた。


 共に産まれ落ち、共に生きていくはずだった自分の半身。


 自分はこうして、なんとか生き抜いている。しかし果たして、はどうなのか……


 分身の安否に悩み、さいなまれる渦中、唐突に目前の霧が晴れた。


 まるでカーテンをさっと割るように拓けた前方には、小さな影。


 自分と同じような年頃の少女が、瞑目し、胸元で手を組んでいる。

 それは、祈りのポーズにも見えた。


 あの少女こそ、求め続けた希望の光。

 自分の半身そのもの。



 白の世界の踏破を遂げた少女は、脇目も振らずに駆け出した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る