第11話 バウンティハント

「ああ、やっぱりこの件か~」


 左肘で頬杖をつきながら、パソコン画面を流し読みしていた七瀬は、驚くでもなく呟いた。


 先日の宴会から数日後、特務課より送られてきたメールを確認していたのだ。


 内容は、ここ半年ほど新宿近辺で頻発している、連続殺人事件について。


 これまでの被害人数は、判明しているだけでも25名。

 時期に偏りこそあるが、ほぼ週に一人という異常に早いペースで犯行に及んでいる。


 被害者は揃って、鋭利な刃物で全身を細かく切り刻まれるという手口で惨殺されており、その猟奇性からニュースでも度々取り沙汰されていた。



 犯人が狙うのは若い女性のみ。

 夕方から夜間にかけて、被害者が一人になった瞬間を狙って犯行に及ぶ。


 被害者の持ち物には一切手を付けない事から、強盗目的の線は薄い。


 しかし性的暴行の痕跡もなく(正確には、痕跡を見付けるのも難しい状態まで遺体が損壊しているため)、犯人のものと思われる指紋や体液の残留はなし。


 被害者にも明確な関連性はなく、単純に殺害のみが目的であると推測され、快楽殺人犯という異常性が際立っていた。


 現場は大抵が繁華街からわずかに細道へ入った先など、人通りからさほど離れていない場合が多い。

 二人連れの片方が、ほんの少し目を離した隙に姿を消し、見付けた頃には犯行が済んでいた、などという証言もある。


 そんな大胆極まりない犯行であるにも関わらず、有力な目撃情報が皆無であった。


 いずれも監視カメラの死角を突く場所で、捜査員の必死の聞き込みも空振りに終わり、それを嘲笑うように犠牲者は増え続けてゆく。


 ここまでの一大事件になると、マスコミへの情報規制も難しくなった。


 次第にネットを中心に噂話が広がっていき、今では女性が標的であることから、「新宿の切り裂きジャック」といった名称まで流布してしまっている。


 事態を重く見た捜査本部は、公安特務課に応援を要請。

 同時に、「新宿区連続バラバラ殺人事件」を報奨金制度の適用案件とすることを決定。

 広く情報提供を求めると共に、市民への警戒を呼び掛ける運びとなった。



「……と、まあここまでは、テレビのワイドショーでもやってる程度の話だね」


 一度説明の区切りを付けて、七瀬はテーブルに置いたティーカップへ手を伸ばした。

 立ち昇る湯気が、近くのソファに座る明日香の鼻にまで、仄かな紅茶の香りを届けて来る。


「ふん。バラバラ殺人と言うのも生温いけどな」


 捜査資料の一部をプリントアウトした写真を見て、明日香は鼻で笑った。


 そこへ写っていたのは、人の原型を全く留めていない、細断された肉片が路面にばら撒かれている画像。

 腕だの足だの、そんな区別が全くつかない、もはや挽き肉ミンチとも呼べる代物だった。


 付近に衣服の切れ端や、被害者の荷物が残されていなければ、質の悪い悪戯にも見えた事だろう。


 これはさすがにショッキングに過ぎるため、マスコミですらオブラートに包まざるを得なかったのだ。


「人体をここまで徹底的に壊すとなると、素人がバレずにできる事じゃねえ。特務課に声がかかる訳だぜ」


 常人が見れば卒倒しかねないグロテスクな画像を前に、淡々と感想を述べる明日香。


 彼女自身、仕事柄似たような死体は山ほど見ており、とっくに免疫がついていた。


「被害者の一人がミリオタで、軍から払い下げの防刃ジャケットを着てたんだけど、そのまま滅多切りになったって。鑑識によると凶器は、現実的ではないが、刃渡りの長い刃物以外にないだろう、だってさ。ケブラー繊維ごと人体をすっぱり両断なんて、その辺の模造刀や長ドスじゃ無理よね?」

「まあ、できる妖怪爺もいるっちゃいるが……普通は無理だな」


 明日香の脳裏に、とある達人の顔が浮かぶが、振り払うようにして乱雑に写真をテーブルに投げ出した。


「だとしたら」

「刀だろうな」


 阿吽の呼吸で指を差し合うと、二人は破顔する。


「それも飛び切り業物の、だ」

「ちょっと前に頼まれて、保留してた閑古堂の案件。繋がりそうじゃない?」

「ああ。多分息子の方も一緒にカタがつくな」


 二人の笑顔がシンクロするように頷き合った。


 閑古堂とは、新宿界隈では大手の古物商である。

 表向きにはアンティークショップや質屋を展開しているが、裏の顔も持ち合わせており、盗品などのいわくある商品も取り扱っている。


 その閑古堂から失せ物探しの相談を受けたのがちょうど半年前。

 件の失せ物というのが、鑑定のために預かった古い日本刀だったというのだ。


 そして同時期に、店長の長男が失踪している。

 これはもう黒で間違いあるまい。


 今まで依頼が立て込んでおり、手を付けられずにいたが、思わぬ所で縁が舞い込んだ。


「妖刀が相手とはな。面白くなってきたじゃねえか」

「うまくいけば、賞金に加えて、閑古堂にも恩が売れる。一石二鳥だね」


 閑古堂は裏商売の引け目から、警察に盗難と失踪の届けを出していなかった。


 日本刀は銃刀法の下、美術品としての扱いのみが認められており、厳重な保管体制が求められる。

 それを裏で取引した挙句、殺人事件の凶器に使われたとなれば、商売どころではない。


 口止め料として強請ゆするには、これ以上ないネタである。


 二人は立ち上がると、ぱちん、と一つハイタッチをしてみせる。


「よーし。善は急げ。早速特務課のバックアップに頼っちゃおうかな」

「お。いい作戦が浮かんだか?」

「イエース。我に秘策あり!」

「なら俺様は、それに乗って暴れるだけだ」


 びしっとVサインを決める七瀬を頼もしく見詰め、明日香は拳を手の平に力強く打ち付けた。

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