第9話 インベーダー
「おい。なんでてめえがここにいる」
開口一番、明日香がドスを利かせた声で尋ねた。
「公務員っつっても、おじさんだって普通の人間なのよ。昨日のってか、もう今日か。過去三位に入るグロさの現場のおかげで、完全にグロッキー。だから部下に処理任せて有給取って、友達の家に傷心を癒されに来るくらい許されると思わない?」
「この税金泥棒のダチってのは誰だ」
明日香は他の面子にちらりと視線を走らせるも、七瀬とミハイルは共に首を傾げていた。
「来る場所を間違えたようだな。てめえにダチがいるかどうかも怪しいが、聞かなかった事にしてやる。こっちは仕事でもねえのに、てめえの面なんざ見たくもねえんだ。おら、とっとと帰れ帰れ」
「おいおい、せっかく来たのにそりゃないだろ」
明日香がすげなく手を振り追い払うが、時康は食い下がった。
「頼むよ~混ぜてくれよ~、おれと明日香ちゃん達との仲じゃないの! 超絶久しぶりの休みに、一人で飲んでるなんて、寂しくておじさんマジで死んじゃいそうなのよ。どうせなら綺麗どころと、一緒にわいわいやりたいじゃない?」
「ならさっさと死ぬか、キャバクラでも行けよゴミクズが」
「キャバクラはもう飽きちゃっててさぁ。大体二人以上に綺麗な嬢なんか、歌舞伎町にいる訳ないじゃん。……あれ、今さらっと酷い事言われなかった?」
ふと思考が停止した時康は、手にしたチューハイを一気飲みする。
「……くふぅ~! ま、いっか! ともかく意地悪しないでくれよ~。ミハイルと七瀬ちゃんからも言ってくれよ、この通りだからさ! おじさんも楽しく仲間に入れてちょーだいよ!」
ぱん! と目の前で手を合わせて拝み倒す時康。
「アタシは別に構わないけどね。アタシ自身も闖入者だし」
「だよなー、おじさん一人増えるくらい別にいいよなー! さっすがミハイルは懐深いわー、マジリスペクトだわー」
ここぞとばかりに調子良くもみ手をしながら距離を詰め、時康はちらりと七瀬を見やった。
目が合った七瀬は、にっこりと微笑んで口を開く。
「10分1万円になりまーす」
「うわ、たっか! マジで? ちょっと高すぎない? 耳かきリフレでもそんなにぼったくらんぜ?」
「新宿一の美人姉妹と仰ったのは本田さんですし。そんな私達とご一緒できるんですから、むしろ安いくらいでは?」
ふわりとした柔らかな笑顔と口調のままに、しれっと自らの美への自信を感じさせる、したたかな言葉であった。
「なるほど、さすが七瀬。ビジネスとしてなら、俺様も多少の我慢をしてやる」
七瀬の名案に感銘を受けた様子で、明日香が新しいビール缶をクーラーボックスから取り出した。
「今ならサービスで、俺様が直々にこいつをくれてやろう」
「なん……だと……」
明日香が手ずから酒を他人に渡すなど、時康にしてみれば前代未聞の珍事だった。
「おら、どうすんだゴミクズ。金がねえなら、大人しく帰りやがれ」
見せびらかすように手元で揺れるビール缶を目前にし、時康は生唾を呑み込んだ。
「……1時間コースからお願いしゃっす!」
熟考もせず、時康はとてもいい顔をして敬礼を取っていた。
「ご利用ありがとうございまーす」
七瀬がスマホで手早くタイマーをセットすると同時に、明日香は不機嫌だった顔を邪悪な笑みに染める。
「よーし、いい返事だ。それじゃ、しっかりと……」
すらりとした足を持ち上げ、大きく腕を後方へ振りかぶると、
「受け取りやがれ!」
手にした缶ビールを時康目掛けて豪快に投げ放つ。
ごしゃっ、と豪速球が顔面に突き刺さる鈍い音が響き、時康は首を後方に折って、非常階段の手摺りまで弾き飛ばされていった。
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