第6話 ヘヴンズドア

 明日香が走り出すと同時、地下を封鎖していたバリケードが派手に砕け散り、中から炎をまとった黒焦げの人影が溢れ出して来た。


「貸せ」


 明日香はすれ違い様に、機動隊の持っていた巨大な暴徒鎮圧用楯ライオットシールドをひったくると、燃え盛る動く死体ゾンビへ向けて思い切り投げ付けた。


 ごしゃり、と先頭にいた者に正面からぶち当たり、後方へよろめいたところへ、盾と同時に跳んでいた明日香は追い打ちのドロップキックを見舞う。

 そして勢いのまま両足でサーフボードのように盾を操り、後続のゾンビの群れをまとめてぐしゃぐしゃと挽き潰しながら突入し、階段を地下まで一気に下り切った。


 将棋倒しになった群れを階段の踊り場まで強引に押し返し、ひとかたまりになったところを盾で叩き潰してミンチにすると、焦げた肉塊は動きを止めると同時、身を覆っていた炎がじゅわりと煙を残して消えて行った。


 これで炎が悪霊の思念体で、宿主に一定以上のダメージが加われば除霊できる事が証明された。


 逆に言えば、ここまで原型をなくさねばならないのだから、日本の警察に支給される小口径の銃など効果があるはずもない。


 さっきまでには目もくれず、明日香はさっさと移動を開始する。


 彼女に、憑依されていた人達への同情の念は一切ない。

 それは他人に全く興味がない事だけが理由ではなく、悪霊に憑かれる者にも原因はあると知っているからだ。


 悪霊とは、本来人の善性を嫌うもの。

 正しい在り方を持つ者には手出しできない非力なものである。


 逆に一度でも心を許し、憑依されてしまえば、もはや人でいられなくなる。


 明日香は壊す事が専門であり、祓う事はできない。

 故に、苦しませずに即刻叩き潰してやるのが最善と認識している。


 七瀬であれば、丁寧な儀式をもって除霊する事は可能だろう。

 しかし愛する妹に負担をかけさせてまで、縁も無い他人を救おうなどとは、明日香は露ほども考えなかった。



 悪霊に憑かれるということは、付け込む心の弱み、負の感情、悪しき素養があったのだ、と明日香は解釈する。


 君子危うきに近寄らず、という言葉があるが、それを理解しない層はどこにも一定数存在するのが世の常だ。


 軽い気持ちで火遊びした結果、こういった事件に巻き込まれるのは、自業自得だと断言する他はない。


 心霊スポット巡りなどはその最たるものだが、最近ではレイヴと称して、黒ミサ、サバトなど悪魔崇拝じみたイベントを開催している者達も多いと聞く。今回のライブもその類のようだ。

 本気で黒魔術をやるというよりは、ハロウィンと似たようなノリなのだろうが。


 素人の降霊術もどきなど、そうそう簡単に上手くいくものではない。

 が、今回については成功してしまったというところか。

 こっくりさんのような有名なまじないなども、子供が面白半分に手を出し、極稀に惨事を招く事例はある。


「アムドゥシアス辺りが、暇潰しに降りちまったのかもな」


 音楽を司る悪魔の名を呟きながら、枠が完全に溶けたゲートをくぐって店内に入ると、多少焦げ臭いが思ったほどではない。少なくとも呼吸には支障ない程度に煙は減っている。

 地上の機動隊が換気扇と排気口を全力で確保したお陰だろう。


 スプリンクラーが作動しなかったのは店側の過失だろうが、自分が関与するところではない。



 溶けたフロアタイルをべちゃべちゃと踏みながら、面影のなくなったライブハウスへ入り込む。


 ところどころに動かなくったまま燃えている黒い塊が散乱し、蛇のようにのたうつ細長い炎がフロア中から湧き上がっている。


 近くを横切ると、こちらにも燃え移ろうとそれら赤い舌が伸びて来るが、ガラス一枚隔てたように、明日香の身に届く事はなかった。


 明日香は常時、丹田より練った気を全身に巡らせている。

 悪霊からすれば、霊的な鎧を身に纏っているも同然であり、この程度の雑霊が近寄れる道理もない。

 明日香がただ通り過ぎるだけで、燃え残りはじゅわりと消え去っていった。



 定員100名にも満たない小さなライブハウスだと聞いた通り、入口からすぐ正面にステージと思われる高台が目についた。



 その中心に、未だ人の形を保って動く影が一つ。



 恐らくメインイベンターだったのであろう、焦げたマイクスタンド片手に金切り声を上げ続けている何者か。


 そして、この灼熱地獄を作り出した張本人。


 明日香が担いでいた盾を床にがつんと突き立てると、思った以上に大きな音が鳴り響き、人影が声を止めてこちらを注視する気配がした。

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