プレミアムフライデー
第5話 プレミアム ファイアワークス フライデー
「おーう、明日香ちゃん。こんばんは~、お元気でちゅか~?」
開口一番ふざけた調子で迎えた中年男の顔へ、明日香は間髪入れずに靴底を捻じ込んでいた。
「ぶっふぁあああ、キク~! やっぱこれだよこれ。さすがマイエンジェル。一発で目ぇ覚めたわ~」
たたらを踏んで、鼻血が盛大に噴き出すのも気に留めずに笑い出すこの変態は、新宿警察署公安特務課の課長、
「ちっ、そのまま覚めなきゃよかったのによ」
「くぅぅ、その冷たい瞳がまたイイ!」
明日香が冗談でもなそうに吐き捨てると、それすら快感に悶えるように本田は身を震わせた。
「いい加減にしろ、クソマゾオヤジ。こっちゃいい気分で寝てたのを叩き起こされて来てんだ。さっさと状況説明しねえならもう帰るぞ」
現在時刻は午前0時過ぎ。
明日香は夕方にシャワーを浴びて仮眠室に入ったきり、そのまま爆睡を続けていたが、緊急依頼として呼び出されたために機嫌は最悪だった。
何しろお飾りとはいえ、公安特務課が直々に指揮を執る大捕り物だと言うのだから、お手並み拝見せずにはいられない。
……と、七瀬に説得された形で嫌々現場に訪れたのだった。
周囲に目をやれば、見覚えのある半地下のライブハウスの入り口が、公安指揮下の機動隊に固められている。
階段の中からは激しい閃光と破裂音が響いていた。
「なんだ。てめえら実弾の使用許可下りたのか?」
「あぁ、どうだったかな。あくまで模擬演習的な?」
明日香の質問に、本田はわざとらしく言葉を濁した。
「うちはあくまでおまわりさんだからなー。許可なく発砲なんざさせた日にはクビもんよ。あれはゴム弾と閃光弾。ってことでオーケー?」
「ああ、そうかよ。実弾まで持ち出さねえと止まらんやべえのが出たって事か」
「せっかく誤魔化してんのに、どストレートに言うのやめてくれない? マジで」
本田はやれやれと肩を竦めて、右手に持っていた缶チューハイを一気にあおった。
勤務中に酒を飲んでいるのは常の事なので、周囲の誰もが注意しない。
重度のアルコール依存症の本田は、飲んでいる時が素面であると言っても過言ではないからだった。
そこへ囲みの中から一人が離脱し、こちらへ駆け寄って来るのが見えた。
「本田課長! 間もなく第二バリケード突破されます。ご指示を」
「えぇ~? 早すぎない? もうちょっと踏ん張れよ。ちょっとはいいとこ見せないと、ろくな報告書が書けないぜ?」
若い隊員の報告を受けて、本田は渋い表情で唸る。
「また明日香ちゃんに税金泥棒って言われちゃうじゃん。なあ?」
「実際そうだろうが」
同意を求める本田へ辛辣に返すと、若い隊員に向き直る明日香。
「おい、状況を教えろ。このクズじゃ話にならん」
「は、いや」
隊員は部外者に漏らしていいのか本田へ視線を送ると、満面の笑顔で親指を突き上げるのを確認した。
「……午前0時にライブハウス「ヘヴンズドア」から出火。演奏中のバンドがパフォーマンスとして灯油を撒き始めたと、先に避難した客が証言しています。スプリンクラーは整備不良のためか稼働せず。通報により駆け付けた消防は、炎が意志を持って人体に巻き付く現象を確認。これを尋常な火事ではなく、特殊災害「悪霊」と断定。要請により我々公安特殊課の出動後、包囲を完了。恐らく地下の生存者は0。只今はバリケードを張りつつ消火剤を投入していますが、効果薄。となっております」
「そこのゴミより100倍有能だ。いっそてめえが課長になっちまえ」
びしっと姿勢を正してすらすらとまとめた隊員を、明日香は肩を叩いて労った。
「消火剤はいいとして、実弾も撃ってるって事は、焼け残りの客がゾンビにでもなったか?」
「よくわかりましたね。その通りです。撃っても撃っても燃えたままで這い上がって来るんですよ」
「……ゲームそのままじゃねえか」
明日香はほんの冗談のつもりだったが、隊員は感嘆のまなざしを浮かべていた。
「おい、クソオヤジ。他の始末屋は呼んであるのか?」
「それが一番近くにいたのが明日香ちゃんだけでさー。他はまだ着いてないんだわ」
「あーもういい。聞くだけ無駄だった」
まだろくな実戦経験のない部隊で、複数の悪霊を足止めできていた点だけは評価できた。
「んじゃ突っ込むわ。バリケードだけ維持してろ。間違っても俺様を撃つんじゃねえぞ」
「アイアイマム!」
本田はびしっと敬礼を返すと、展開中の部隊へ向けてだみ声を張り上げた。
「撃ち方やめ! これより始末屋の突入の援護! その後入り口の封鎖と換気に努めろ!」
今までのおちゃらけた雰囲気を吹き飛ばす激しい号令をかけると、部隊は一斉に動きを止めて明日香へ道を譲った。
「ふん。躾はできてるじゃねえか」
明日香はこきりと首を鳴らすと、ポニーテールをなびかせ颯爽と入口へ駆け出した。
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