第3話 水無月姉妹
抱き着いてきた女は明日香の双子の妹、
「ジェミニ」は、姉妹が共同経営する事務所の店名だった。
名目上は明日香が所長ではあるが、事務や経理、書類仕事など、明日香が苦手な分野を七瀬が一手に引き受けており、実質的な事務所のボスと言える。
見た目は双子らしく、まったく見分けが付かないほどそっくりだが、二人は性格が見事に正反対だった。
明日香は身内以外の他人に一切興味がなく、干渉を嫌う一匹狼気質。
人が羨む美貌も、目立つというだけの理由で疎んでおり、化粧はおろかファッションにも無頓着。
雑に結ったポニーテールに、上下黒の安物ジャージと頑強な安全靴が彼女の一張羅であり、トレードマークであった。
女扱いされるのを極端に嫌って武芸を極めた結果、裏界隈では随一の喧嘩屋として名が売れている。
対して妹の七瀬は、おっとりとしながらも社交性に富み、流行に敏感。常にお洒落に気を遣う女性らしい魅力に溢れていた。
それが如実に表れているのが着衣で、明日香とは対照的に、純白のパンツスタイルのスーツと高いヒールのパンプスをびしっと着こなしている。
このいかにもな「出来る」オーラを活かして、仕事の交渉も主に七瀬が担当していた。
そんな器用にして繊細な七瀬を明日香は心から信頼し、ただ一人の肉親、そして相互理解者として溺愛している。
こうして抱き締め、温もりを感じるだけで、どれだけ癒されるか。
妹のために、今日も仕事をやり遂げたという充足感がこみ上げて来るのだ。
二人が営む始末屋「ジェミニ」の業務内容は非常に多岐に渡る。
大都会という人の集まる場所は、賑やかに栄える程、裏側の闇も濃いものとなっていく。
それが歌舞伎町といった一大繁華街となればなおさら。
失せ人探し、身辺調査はほんの序の口。
果ては裏組織間の争いの調停、制裁の代行等、表沙汰にできない諸々の雑務までをも含む。
ここまでは似たようなライバル業者はごまんとおり、労力の割に儲けも少ない、ただの汚れ仕事である。
そのため七瀬もよほど困窮していない限り、これらの雑務はほとんど他へ仲介してしまう。
しかしジェミニに大口の依頼が途絶える事はない。
他の業者の追随を許さない強みを持っているためだ。
それは、姉妹揃って強力な霊感持ちである事だった。
先の悪霊退治はまさにその一環。
明日香はその身に宿す膨大な霊気をもって、心霊現象すら武力でねじ伏せる、壊し屋としての活動を主としている。
超常現象とは、遥か昔から絶えず起こっているものだが、その解決手段というものは意外と普及されていないものだ。
これは個人の資質や、宗派の垣根を超えた連携が取りにくい事にも左右されているせいだ、とも言われている。
つい最近になって、ようやく公安非常災害対策特務課、略して特務課という公式の対オカルト組織が立ち上げられたが、未だ有効に機能しておらず、経験豊富な民間業者に頼らざるを得ないのが現状である。
自然、水無月姉妹のような本物の霊能者は重用され、引っ張りだことなっていた。
明日香達から視れば、多くの人の悪意が渦巻く都会などで、心霊現象が起こる事は常識なのだが、頭の固い連中にはそれが理解できない。
故に、よくわからないものは、よくわからない奴に放り投げる、という図式が成り立った。
そんなゴミ処理業者のような仕事だろうと、明日香は貰える物さえ貰えば引き受ける。
全ては愛しい七瀬との生活を守るため。
逆に言えば、七瀬との平穏を乱す者は、全力で排除する覚悟が明日香にはあった。
と、その激情が露わになっていたのだろう。
背後に揺れた気配に振り向き睨み付けると、盆にカップを乗せたミハイルがびくりと硬直し、とっさの愛想笑いを浮かべていた。
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