第356話○一日の始まりは穏やかに

 安比はテニスだけじゃなくて、ブナの自然散策とお馬さんが楽しみ!ものすごいリフレッシュできそう。充実した旅行になるように今日も一日頑張るぞ!

 そんな決意の朝になった今日9月4日は、午前中に事務所で番組制作会社さんとの打ち合わせをこなしたあと、なんと初めての始球式に臨む!横浜の関内スタジアムで開催される横浜RNAマリンムーンズと西宮チーターズの一戦で、なんでも首位争いをしているらしい。安比も楽しみだけど初めての始球式も楽しみ。


 まずは11時から番組制作会社さんとの事前打ち合わせ。番組制作会社さんとの事前打ち合わせって実は結構珍しい。たまに入ってくるのはだいたい地方へ行くロケ番組なんだよね。特に紀行番組は事前の打ち合わせが重要。リハを兼ねているので、ロケの段取りとか流れとか食事を取るシーンがあるときはアレルギーの確認とかトラブル時の対応とかね。特に細かいシーンの撮り方なんかは、道路使用許可の関係で現地で細かくリハをするわけにも行かないから事前に意識をちゃんと合わせておく必要がある。私はアレルギーはないんだけど、共演者さんがアレルギー持ちで急遽料理の差し替えとかもあるからこの辺は要注意。ちなみに好き嫌いは……ない、はず。

 そんなわけで、同じく11時から始まるアニメ版せまじょの二期制作発表記者会見に出かける圭司と一緒に家を出る。前回は渋谷のワードホテル東鉄さんで行われたアニメ版せまじょの記者会見、今回は大崎ビル4階の「大崎ホール」で行われるそうだ。なんで大崎の本社でやるの?と思ったら、大崎エージェンシーと大崎エンタテインメントがゲームアプリへ出資をした関係で、両社ともアニメの制作委員会にも出資したんだって。やっぱり大崎ってこの辺抜け目ないよね。


 8時半に社宅の地下で華菜恵と待ち合わせて、いざ新宿へ!華菜恵と一緒に動くのも慣れたなあ。社宅から本社まで、混んでなければ30分の道のりを圭司や華菜恵とのんびり雑談しながら社用車は進んでいく。太田さんとも智沙都さんとも話はしやすいんだけど、やっぱり親友と一緒が一番気楽ではあるよね。


 今日もざっくり30分くらいで新宿の本社までたどり着く。軽の社用車は地下三階に止めるところがあるので、私たちも乗ったまま、地下三階の車寄せで降ろしてもらう。実は、本社ビルとスタジオビルの地下駐車場では、事故防止のため、タレントは車寄せで乗り降りしないといけないという大崎の内規がある。本当は止めるところまで一緒に乗っていってしまいたいんだけど、内規で決められているのを華菜恵に違反させるわけにはいかないからなあ。

 一足先に4階へ向かった圭司を見送り、私は華菜恵が駐車スペースに止めて戻ってくるのをそのまま待つ。セキュリティゲートの手前にある待合室のベンチに座って、なんとなく様子を眺めていると車寄せへひっきりなしに社用車がやってくる。送迎用の一時駐車スペースに止めてある車へタレントが乗ったり、段ボールを何箱も積んで出て行ったり、さすが巨大芸能事務所っていう感じの人の流れで面白い。


華菜恵「お待たせしました!」

未亜「ううん!じゃあ、いこっか。」

華菜恵「はい!」


 人の目があるところではどうしても丁寧な感じになるのは仕方ないよね。親友関係だって知っている人がいたら馴れ合いと見られちゃうし。ちょうど着いたばかりのほかのタレントさんらしき人たちやマネージャさんらしき人たちと一緒にエレベーターに乗る。11階で降りたのは私たちだけだった。エレベーターからセキュリティゲートを通って太田さんのデスクへ向かうとまだ電気が消えている。


未亜「太田さんも智沙都さんもまだみたいだね。」

華菜恵「智沙都さんはここなさんに同行するから直行だったはずですよ。太田さんはもうすぐ来ると思いますけど、先に入ってましょうか。」


 そういうと華菜恵は自分のICカードをタッチして解錠している。解錠されると真上の電気が自動で付くんだね。あれ?そういえば、前に太田さんがいなかったときにデスクスペースへ荷物を置きたくて試しに私のICカードを当ててもエラーになって開かなかったのに華菜恵だと開くんだなあ。


華菜恵「はい、どうぞ!」

未亜「ありがとう!華菜恵のICカードだと開くんだね?」

華菜恵「……ほら、智沙都さんと私は太田さんがいないタイミングでもここで仕事をする必要があるから。」

未亜「そうか!そうだね!」

華菜恵「タレントさんが自由に入れちゃうと万が一紛失とかがあったときにタレントさんにも確認しなきゃいけなくなっちゃうからね。」

未亜「そこまで考えられているんだね。」

華菜恵「うん。それで、みあっちとかがここに何かを置きたいときのためにあそこのボックスがあるんだよ。」

未亜「なるほどなあ。」


 そんな話をしながら華菜恵は作業をしている。何をしているのかなあ、と使われていないサブデスクの椅子に座って、興味津々で眺めていたら、ロボット掃除機のゴミを取り出してゴミ箱へ捨てたり、冷蔵庫の上にあるポットを持って水を入れに行ったり、宅配ボックスに入っている荷物を取り出したり、という感じで、雑務をしているんだなあ。


未亜「いま華菜恵がやっているような雑務って、華菜恵の仕事なの?」

華菜恵「ポットにお湯を沸かすのとか?」

未亜「うん。あと、ゴミ捨てとか。」

華菜恵「ああ、この辺は最初に来た人がやることになっているんだよ。」

未亜「太田さんがやることもあるんだ!?」

華菜恵「そうだね。他の人がどうかは知らないけど、太田さんはそういうのを部下にやらせっぱなしにはしないみたい。むしろ自分で率先して動くかな。」

未亜「なるほどなー。」


 太田さんってやっぱりそういうタイプの人なんだね。華菜恵がテキパキ準備を整えているのを見ていたらドアが解錠される音がした。


太田「二人ともおはよう。」

二人「「おはようございます!」」

太田「主人が寝込んじゃって、少し遅くなったわ。」

華菜恵「えっ!?大丈夫ですか?」

太田「うん、朝一でかかりつけに見てもらったら夏バテからくる風邪だろうって。」

未亜「大変ですね……。」

太田「まあ、すぐ判るけど出社して出ておきたかった打ち合わせがあるの。」

未亜「そうだったんですね。」

太田「でも重い病気ではなかったとはいえ、大切な人が寝込んでいるからね、のんびりもしてられないのよ。華菜恵、悪いんだけど、美愛の打ち合わせが終わったら帰って自宅で仕事するから美愛の始球式は任せてもいいかな?」

華菜恵「判りました!RNAは小西さんですよね?」

太田「うん、小西さん。面識あったよね?」

華菜恵「はい、打ち合わせで何度かお目にかかってます。」

太田「それなら大丈夫ね。小西さんには私から事情を説明しておくから。」

華菜恵「承知です!」

太田「美愛の打ち合わせまでちょっと別の打ち合わせに出てくるからよろしくね。美愛は少しレッスンするんだっけ?」

未亜「はい、1時間くらいですね。」

太田「判った。制作会社の方が来る10分前にはさみあんモードでここに来ていてね。」

未亜「はい!」


 ご主人の調子が悪いのにわざわざ出てきたい打ち合わせってなんだろうなあ?まあ、すぐ判るか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る