第331話○突然の報道

 それは大崎でもまったく感知できないくらい突然の報道だった。


 みんなで楽しくもしっかりと頑張ったテスト勉強を経て、いよいよ今日から春学期の試験という8月1日月曜日。朝からみんなそれぞれの試験を受け、6号館地下でランチを食べているときのことだった。

 スマホでアフーのニュースをチェックしていた圭司の顔色が変わる。なにが起きたのかと疑問に思いつつもすぐに表情が戻ったので特に触れずに企業論の試験を受けてから二人で家に帰る。社宅に到着して、部屋に入るなり、圭司はすごく低い声でこうつぶやいた。


「朱鷺野先生に盗作疑惑が出ている。」

「ええっ!?」

「ほら、これ。」


 圭司に渡されたスマホの画面を見ると「朱鷺野澄華のデビュー作は盗作だった!?被害者による勇気の告発!」という不快なタイトルの付いた週刊マンデーという雑誌の記事が掲載されていた。この週刊誌によると盗作されたと雑誌に持ち込んだ人は中学3年生の頃、文化祭における漫画研究部の活動としてみんなの描いた漫画をまとめた小冊子に『あなたと私の間にかかる星空』というタイトルで漫画作品を掲載していたが、それが朱鷺野澄華の出したデビュー作と全く同じタイトルでストーリーも酷似している、という中身だった。しかも高校時代の友人の証言として、朱鷺野澄華は高校時代には絵が下手くそで才能がなかった、漫研でいつまでも残っていて先生に連帯責任で怒られた、同じ部活の友達の似顔絵を描きたがるけどわざとじゃないかというくらいひどいものだった、などという高校時代の話まで事細かく書いてある。記事の最後では、その冊子は朱鷺野澄華デビュー作の2年前に出ており、高校時代の状況も踏まえると何らかの形で入手した朱鷺野澄華が内容を盗作したのではないか、というまとめ方がされていた。


「なにこれ!明貴子はそんなことをするひとじゃない!私、明貴子は才能があって、とても友達思いで、すごくいい人だって配信でみんなに伝えたい!」

「未亜の気持ちはよく判る。俺もものすごい同感だ。ただ、それはいまはしちゃいけない。俺たちが逸っちゃダメだ。」

「みんな、圭司の時に味方になってくれたんだよ!?朋夏が配信でかばってくれたみたいに私も明貴子の力になりたい!」

「もちろんそれは判っている。でもあのときとは俺たちの関係性が違いすぎるんだ。」

「……どういうこと?」

「未亜はいま朱鷺野先生から直々に指名されたアニメに出演している。朋夏さんも彩春さんもそうだ。しかも紗和さんも含めた5人が親しくなったことは番宣とかで大々的に告知されている。そんな状況で未亜や俺が朱鷺野先生をかばったら身内びいきとしか見てもらえないんだ。」

「……。」

「あのとき、日向夏さんと俺の関係は世間的に見て、作者と単なるファンでしかない。だから全面擁護しても第三者としての視点になってまだ説得力があったんだよ。もし、あのときにいまと同じ関係が知られていたらやっぱり逆効果だったはずだ。」

「……判る、判るけど……。」

「明貴子さんはそんなことをする人じゃないし、そもそもこれだけの作品数をコンスタントに出しているのにデビュー作が盗作だったなんてことはまずあり得ない。だけど、だけど、一時の感情で俺たちが先走るのは絶対にダメだ……。」


 圭司は目に涙を溜めてすごく悔しそうにそうこぼした。


「太田さんも事態はきっと把握しているだろうから連絡が来るまで待った方がいい。」

「そうはいっても気にはなる。こちらから連絡取るのはダメかな?」

「太田さんたちはいま相当忙しいとは思うけど、TlackでDMしておくくらいならいいと思う。」


 そんな話の流れで私から太田さんにTlackDMをするも対応に追われているのか、反応が全くない。智沙都さんと華菜恵には圭司からTlackでそれぞれDMをしたけどやっぱり反応がなかった。

 私たち以外で報道に気がついたのは彩春が最初だったらしく、17時頃、明貴子以外のメンバーを集めたプライベートチャンネルが彩春の手でへべすTlackに作られ、招待をされた。彩春は真っ先に圭司と同じことをみんなに周知、圭司と紅葉が賛同して、いったんは様子見となった。朋夏はすごい悔しそうな返信をしていたけど、気持ちはわかるよ……。あとテスト最終日の夜にやる予定だった彩春のバースティパーティも延期ということに。彩春本人の希望だけど、確かに心から楽しめないもんね。

 19時を過ぎた頃、瑠乃がプライベートチャンネルに入ってきて、明貴子は18時少し前に太田さんからの電話連絡で状況を知ったこと、もちろん盗作なんて根も葉もないこと、断続的に明貴子と太田さんが電話でやりとりをしていること、そして明貴子は極めて冷静であることが共有された。さらに1時間が過ぎ、今日は動きがないかと思っていたところに太田さんから電話がかかってきた。


「はい、雨東です。」

『先生、夜遅くにごめんね。』

「いえいえ。」

『連絡もらってた朱鷺野先生の件で、ちょっとこれからみんなと話をしたい。これから会社を出て社宅に行くから1階のミーティングルームまで来られるように準備だけしておいて。』

「判りました。お待ちしています。」


 電話から20分くらいしたところで、華菜恵がプライベートチャンネルに入ってきて、ミーティングルームMR-L06をもう押さえてあるから準備が出来た人から移動しておいて欲しい、桜新町組はいまから巣鴨まで来るのは難しいと思うからあらためて別途説明する、と伝えられた。

 とりあえず準備が出来ている私たちは戸締まりとかをして外へ出るとちょうど彩春がこちらへ向かってくるところだった。エレベーターがくるのを三人で待っている間に紗和と朋夏もやってきて、乗り合わせる。いつもだと雑談で盛り上がるけど、みんな一様に黙ったままだ。私もそうだけどなにも言えないよね……。


「みんな、時間もらってありがとう。朱鷺野先生の件について話しておきたいの。」


 ミーティングルームには社宅にいる明貴子以外のメンバー全員と智沙都さん、大石さん、沢辺さん、那珂埜さんも立ち会っていた。瑠乃によると明貴子は部屋で既に寝ているそうだ。


「まず、今回の件は間違いなく事実無根。ただ、大崎のネットワークで確認したんだけど、マンデーに出ていた冊子は間違いなく存在していて、刊行された時期も報道の通り。なぜ内容が酷似してしまったのかは朱鷺野先生も全く心当たりがないそうよ。そこで、とりあえず大崎としてはいったん様子見することになった。」

「ニュースリリースとか出さないんですか?」

「出さない。」

「えっ……。」

「美愛の気持ちもわかるけど、冊子は確実に存在しているんだもの。前後関係の謎が解けない限り、大崎が否定のコメントを出しても無意味だし、下手するとマンデーが追加報道をして、事態をさらに悪化しかねない。」

「なるほど……。」

「運が良かったのは、朱鷺野先生の新刊が再来月までなかったことね。取引のある出版各社の担当者にも連絡したけど、デビュー作を出版している藝学秋日げいがくしゅうじつさん以外は完全に様子見だそうよ。藝学秋日さんは現在調査中というニュースリリースを出して、取材を進めるって。」

「それについて僕から補足をしておきますと今回報道したマンデーは割と飛ばし記事が多いことで知られているんです。なので、追加報道が特になければ変に騒ぎ立てない方がいいという判断ですね。」

「大石くんもやられたものね。」

「妻がちょくちょくですけどね。それとデビュー作を出している藝学秋日さんはなにしろ藝秋砲で知られる取材能力を自負している出版社ですから、そこがこんな盗作疑惑を見逃して出版するはずがない、というある種の安心感もあるようです。」

「藝学秋日さんもかなり首をひねっていたわ。まあ、『取材してもし事実確認が出来たら覚悟しておいて下さい』とはいわれたけどね。」


 太田さんは水を一口飲むと話を続ける。


「我々はみんなのことを守ることが使命。絶対に悪い方向にはさせない。そんなわけで、とりあえずみんなは普通に仕事をして頂戴。華菜恵はしばらく電話番お願いね。送り迎えより、そっちをさばききる方が大事だから。」

「判りました。」

「あっ、そうだ。多分大丈夫だと思うけど、擁護の配信とかはしないでね。いまのみんなの状況だと逆効果になりかねないから。」

「「「「「「「「「はい。」」」」」」」」」

「何かあったらそれぞれの担当マネージャまで報告連絡相談。絶対に返すからね。もちろん、那珂埜さん、マスケイさん、七条さん、智沙都、華菜恵に連絡をもらってもOK。みんなでちゃんと共有しておくから、すぐ連絡取れる人にお願い。じゃあ、今日はそんなところで。」


 やっぱり、しばらく様子を見るしかないのかあ。もどかしいけど、仕方ないんだろうね……。

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