第316話○「あなただけにアンコール」収録!

 きださんの作って下さった「あなただけにアンコール」は、ライブを終えたシンガーが公演のあと、いつも支えてくれている相手だけのために一曲捧げるというテーマの曲。そのライブはもしかしたらラストライブなのではないかっていう感じの歌詞もあるけど、細かくは判らない。もしかしたら遠い将来、私がラストライブをするときにはこの曲がそのまま現実になるのかもしれないと感じてしまうくらい研ぎ澄まされた情景の浮かぶ名曲だった。歌えば歌うほど身に馴染んで、聴けば聴くほど良さが判る、本当にすごい曲!こんないい曲を歌わせてもらえるなんてシンガー冥利に尽きる。ライブでの定番曲になってくれそうで、本当に楽しみ。

 練習にも集中して、今日はいよいよスタジオ収録となる。金曜日なのでもともと午前中はレッスン、午後には女性誌のインタビューが2本、夕方からラジオ出演が入っていたのをいずれの予定も1日の時点で太田さんが連絡を取って、その豪腕でずらしてもらったそうで、一日集中して収録できるのはありがたい。さらに今日の夜は久しぶりに両家での食事会がある。中華街まで行って、花征楼本店なのだけど、とても美味しいお店なので楽しみ。さすがに涼真は参加できないけど、京都だから仕方ないよね。

 ちなみに今週は、月曜日の夕方はBS、火曜日の夕方は圭司とやっているラジオ、水曜日の夕方は無地逸品さんのラジオCMと店内アナウンス録り、木曜日の夕方は東鉄ホテルさんの宿泊者が部屋で見られるテレビ向けに流すインタビュー収録と5日間収録三昧となっている。こんなタイミングもあるよね。

 それに加えて水曜日の夜と木曜日の夜は『ありがとう!シンデレラ!ありシン』のレッスンが入っていた。ありシンはいままであまり歌ったことのない系統の曲だったけど、楽しく歌って踊ることが出来たので大満足。ほとんど指摘らしい指摘はなく、快調にレッスンが進んだんだけど、さすがにそれは珍しいらしくて、オクダイナンコの皆さんに感心されてしまった。これってシンガーとしての実力がしっかり地に足の着いたものになってきたということなんだよね、きっと。だと嬉しいんだけどなあ。


 そんな一週間を振り返りながら収録スタジオへ顔を出す。


「おはようござ……えっ、きださん!?」

「おはようございます、きだです。そんな驚かなくても。」

「てっきり今日は、ブラジリアの皆さんだけだと思っていたので……。」

「ああ、そういうこと。急遽、時間が出来て、寄ってみましたよ。お昼くらいまではいられるのでよろしくね。」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 まさか、きださんが立ち会って下さるなんて!これはどんな反応になるか楽しみ!ついに3日目に突入したいつもの収録スタジオで、まずは発声練習をして、収録に臨む。最初は頭から通しで。


『早緑さん、いいねえ。僕が作ったときに思い描いていたよりいい出来映え。多分頭の中には雨東さんのことが浮かんでいると思うけど、それでいいからね。そのままそのまま。じゃあ、引き続きよろしくおねがいしますね。』

「ありがとうございます!」


 トークバックを通じて、きださんからいきなりお褒めの言葉をいただいてしまった!次に古宇田さんから細かいところについてアドバイスが入る。続いて、最初から少しずつ歌いながら収録を重ねる。通しで歌った方が良かったものはそのままにしつつ、リテイクの方が良いものは交換しながら進んでいるといったん休憩という指示が入った。疑問に思いながらブースから出るときださんが何かを渡してくれる……えっ、新しい楽譜!?


「早緑さんの歌声を聞いていたらインスピレーションが沸いちゃったんだよ。古宇田くんにOKもらったからすぐ書いたよ。あっ、これはね、オーラスのハモり。これを重ねるときっとすごい雄大になると思うんだよね。ちょっと試してみてね!」

「まきしさん、そろそろ。」

「あら、もうそんな時間?次の予定へ行かなきゃいけないから僕はこの辺で。完成楽しみにしていますね。」

「はい!今日はありがとうございました!」


 マネージャーさんにせかされながらきださんはレコーディングスタジオを出て行かれた。すごいなあ、トップシンガーソングライターさんって、その場で曲をいきなり追加しちゃうんだなあ。ちょっとビックリだよー。


 昼休みを挟んで引き続きレコーディングを進める。基本時に最初に通しで歌ったものが使われる感じとなって、最後のハモりの収録に入る。これがとても難しかった。一回通しでハモりを歌ってみるもなんかしっくりこない。感覚的な問題なので上手く表現できないのだけど、ちゃんとに出来ていない感じがする。古宇田さんも同じ意見だったので、気分転換のため、一回外に出てみる。


 ペットボトルの水を片手に外に出てみるとあたりはすっかり夕暮れといった趣。水を飲みながらぼんやり立っていると目の前を高校生らしきカップルが通り過ぎる。南青山の収録スタジオは渋谷学院大学の裏手にあるから、もしかしたら渋学の高校生とかかな?手はつないでいるけどなんか少し距離が空いていて、初々しくていいなあ。カレカノデビューしたばかりっていう感じだね。

 ……あっ、ハモりの部分は、この主題になっているシンガーがデビューしたばかりの頃のことをイメージしながら歌ってみるのはどうかな。この曲がラストライブ後の情景というのはもちろん私の勝手な想像だけど、その情景を感じながら歌って、きださんからOKが出たんだから、大きくは間違っていないはず。ラストライブ後に最愛の人へ向けて歌うとき、私ならきっとデビューライブや圭司と出会った頃のことを思い出すんじゃないかと思う。うん、そうしよう!私はすぐにブースへ戻って、古宇田さんにこの話をしてみる。古宇田さんも大賛成で、早速ハモりを歌ってみる。うん、すごいしっくりくる。古宇田さんからも高評価で、方針は確定した。あとは実際に歌ったものを掛け合わせながら細かい部分を歌い直して、ついに完成した!まだ、ミキシングとかの作業をしてもらうことになるけど、私としては完成を待つばかり。どんな感じの出来になるのか楽しみだなあ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る